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2006/12/15

<随筆>◇命がけのキス◇ 韓国双日 大西 憲一 理事

 韓国は食べ物が豊富で美味い。山の幸あり、海の幸ありで外国人も食事で困ることはない…はずなのだが実は時々困る時がある。

 先日、南米から来たJさんは海産物はいっさい受け付けないという特異体質で、もし口にしたら途端にアレルギーを起して、運が悪ければ命も危ないという。魚だけでなく貝も海草もみんなダメ。海水、淡水を問わず水の中の生物は全てダメ。でも韓国にはキムチに焼肉があるではないか、というがここにも落とし穴がある。キムチの中にはチョッカルという隠し味の海産物が入っているし、焼肉のタレにも牡蠣など海のモノが混入していないという保証はない。最近流行りの生カルビを食べるときの味塩は海水から出来ている。

 「命も危ない」というJさんの話に全員が緊張した。一品一品、みんなで念入りに吟味してからJさんに回した。折角の高級料理も味は二の次。発作も起こらず無事会食が終わったときは全員ホッと胸を撫でおろしたものだ。

 当社の元浦項店駐在員のKさんも変わった体質だった。野菜がダメなのだが、野菜でも土の中の部分、つまり大根とか人参はOKだが、地上に出ている部分を食べるとアレルギーが起こる。失礼ながら先祖はモグラではないかと思っている。

 インドからのお客さんはベジタリアンが多いので苦労する。ある時、韓国レストランで細心の注意を払ってメニューを選んだが、彼は最初に出てきた「へジャンクッ」というスープを口に入れかけて止めた。「これは大丈夫よ」。店のアジュンマ(女主人)が自信たっぷりに勧めたが納得しない。肉も卵も入っていないのだが…。「もしかしてソンジ(牛の血の塊)が入っていないか?」小生の問いにアジュンマが不満げに答えた。「すこしだけならいいでしょう」「少しでもダメなの」。スープの中に僅かのソンジが溶けていたのだ。

 他人のことは言えない。私も鶏が大の苦手である。鶏だけでなく鴨もアヒルも雀もトンボも、羽の生えたものは全て敬遠している。韓国には參鶏湯をはじめ美味しい鶏料理が目白押しで実に残念だが、どうにも手が出ない。万が一食べても命には別状ないが「食べるな」と誰かが叫んでいる(ような気がする)。

 数年前に新聞で見たショッキングな記事を思い出して、海産物アレルギーのJさんに話した。「愛し合う若い恋人が初めての情熱的なキスを交わした。すると彼女は急に苦しみ出して、狼狽して抱きしめる彼の胸の中で息絶えた。彼女が極度のピーナッツ・アレルギーのため、会う直前にピーナッツ・バターを塗ったパンを食べた彼とのキスで彼女はショック死したのだ」。カナダで起こった実話である。話を聞いた愛妻家のJさんは、「私の家内は海産物が大好き。でも、食後しばらくは絶対キスしない」。キスも命がけである。


  おおにし・けんいち 福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。04年4月、韓国双日に社名変更。