ここから本文です

2006/06/23

<随筆>◇「かにの会」とは◇ 韓国双日 大西 憲一 理事

 ソウル在住の日本人社会ではいろんな同好会、県人会などの親睦会を作ってソウル生活を楽しんでいるが、その中で「かにの会」というユニークな集いがある。会の由来は、「カニを食べる会」でもなく、「カニのように横歩きを楽しむ会」でもなく、正解は「カニの産地出身者の集い」。この場合のカニは日本海で採れる「松葉ガニ」に限定しており、従って島根県、鳥取県、兵庫県と京都府の北部に限られるが、会のことを小耳に挟んだ小生が強引に割り込んで、「越前ガニ」の産地である我が福井県も入れてもらった。

 「松葉ガニ」と「越前ガニ」は実は同じカニ仲間で、韓国が誇る特産物「ヨンドクテゲ」も同種類。採れる場所によって呼び名が違うだけだ。今は昔、小生が福井県の片田舎に疎開していた子供の頃の話だが、時々、近くの漁村より行商が来て、こちらの米1升と引換えに大量の越前ガニを置いて帰って行ったが、我々悪ガキたちは「また、おやつはカニか」と、ブツブツ言いながら噛みしだいていたものだ。今では米1升ではカニ1匹にもならないだろう。

 「かにの会」の発起人は、ソウルに数多ある日本風居酒屋の中でも味で有名な店「つくし」を仕切っているNさんで、松葉カニの産地、城崎出身。「つくし」はいつ行っても満員で活気に満ちている。加藤和子似の愛嬌たっぷり美人ママ、店内を笑顔で走り回るアガシたちに混じって、仁侠映画に出てきそうな苦みばしった風貌で、常に店の隅々まで気配りしているNさんの存在感は抜群。「つくし」の人気の秘密の一つは、韓国では中々味わえない日本の地方料理を楽しめること。遠い昔だが、我が故郷ではイワシやサバを塩たっぷりの糠に漬けた超塩辛味の「へしこ」が長い冬の保存食として珍重されていたが、何十年ぶりに「つくし」でお目にかかった時は懐かしさと塩辛さのあまり涙がこぼれた。

 ところで、越前ガニといえば大ぶりな脚肉を想像するが、これは「ズワイ」といって雄ガニで、雌の方は私の田舎では「セイコガニ」と言っていた。体長は雄の半分にも満たない小柄な雌が実は珍味の宝庫である。腹に抱えた赤黒い卵の「カニ子」は日本のキャビア、甲羅を割るとジューシーな「カニ味噌」が一杯、中でも一番の珍味は正式名称不明だが「赤い子」と呼んでいた赤っぽい固まりで、ほくほくとした歯ごたえと口一杯に拡がるうま味は家族間で奪い合いになるほどの味の王様。

 問題は小柄な雌を捌くのが大変で、味は好きだが面倒くさいというけしからぬ輩は結構多い。小生の家族がそうで、捌くのはいつも小生の役割。長時間かけて大切に皿に盛りつけるや否や、方々から手が伸びてあっと言う間に無くなる。そして家族不信が深まる。これだけの珍味が実は韓国では見た事がない。Nさんによれば商品価値がないとして漁師が捨てているらしい。本当カニ?


  おおにし・けんいち 福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。04年4月、韓国双日に社名変更。