ここから本文です

2006/06/02

<随筆>◇"デーハン"か"テーハン"か◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 4年ごとのサッカー・ワールドカップ(W杯)がめぐってきた。前回のW杯は日韓共催で韓国は開催国だったから、その盛り上がりぶりはものすごかった。とくにベスト4まで勝ち進んだため、国中が「デーハンミングック!」で熱狂した。中でもサポーター用の真っ赤なTシャツを着た数十万の群集が、都心を真っ赤に埋めた街頭応援は世界を驚かせた。

 韓国ではこの4年間、その余韻は続いていて、そのまま4年後の今回を迎えた感じだ。各国との練習試合の段階から早くも「デーハンミングック!」で熱気が高まっている。テレビからは何カ月も前からCMで「デーハンミングック!」の掛け声が流れている。今回は現場は遠いドイツだが、またまた相当な“狂騒”になりそうだ。

 ぼくのような韓国・韓国人ウオッチャーにはW杯は格好の素材だ。たとえば前回、韓国ではベスト4進出で「世界の韓国」といって民族的自負心が高潮した。一方、韓国以上に“奇跡のベスト3”になったトルコのサッカー民族主義はどんな様子だったのだろうか、今でも気になっている。この両者を比べれば韓国・韓国人の特徴が分かるからだ。

 それにしても2002年、W杯日韓共催の印象のいかに薄いことか。韓国人にとっては終わってみれば日韓共催などどうでもよかったようだ。残っている印象は「勝った!勝った!」のベスト4進出と「デーハンミングック!」の大歓声だけといっていい。

 当時、とくに日本側で期待として語られた政治・外交的意味は、結果的には無意味だったのだ。ぼくのような新聞記者はしばしば冷たいことを書かなければならない。浮かれてばかりはおれない。済んだことでもちゃんと総括しておくべきなのだ。ところで前回のW杯の際、韓国での大歓声「デーハンミングック!」を記事でしばしば紹介したのだが、読者や識者から「デ…」ではなく「テ…」つまり「テーハンミングック!」ではないのかとよく指摘を受けた。日本の他のメディアは書いているというのだ。しかしぼくは「テ…」ではなく「デ…」に聞こえるからといって「デ…」で通した。

 今回もまた似たようなことがありそうだが、漢字の「大」のハングル音は日本語では「デ」か「テ」かという問題である。おそらく真相は「テ」と「デ」の中間あたりだろう。ただ近年の韓国におけるハングルの正式ローマ字表記では、これは「T」ではなく「D」になっている。もっともハングルのローマ字表記にも問題がある。名前の「キム」は正式表記では「GIM」のはずなのに、慣例だからと「KIM」を認めているのだから。

 しかしあの大歓声の掛け声に接すると間違いなく「テ…」より「デーハンミングック!」だと思う。その方が豪快で、雰囲気をよく伝えているではないか。みなさん、いかがでしょうか。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。