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2006/05/12

<随筆>◇韓花列伝◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 5月のソウルはもう初夏の風情だ。つい先日まで電気ストーブを使っていたのに、今度はたちまち扇風機だ。中間がなくこの極端ぶり(?)がまた当地の魅力でもあるが。

 今年のソウルの春はいささか気候が不順で、4月になっても何回か“花ねたみ”があった。“花ねたみ”とは韓国語の「コッセム」の直訳だが、日本語では“花冷え”だろうか。春が来て花が咲くと、寒さが花をねたんで寒さをもたらすというわけだ。なかなか情緒のある言葉だ。

 したがって今年の春はどうも花の印象がうすい。ソウルの桜の名所、ヨイド(汝矣島)の賑わいもいまいちだった。

 韓国の春は桜を含めいろんな花が一度に全員集合的にどーっと咲く。しかし今年は暖かかったり寒かったりで“集中力”がなく、印象が散漫なのだ。

 ところでソウルの花の“一番バッター”は何かご存知だろうか。ケナリ(れんぎょう)?ノーである。桜は当然、ちょっと遅れる。正解は「木蓮」だ。この花の咲き方はいかにも“春”をうかがわせて実に面白い。

 木蓮はけっこう背が高いが枝はそれほど太くない。冬にはすべての葉を落とし、寒々としてひょろっと立っているが、春が近づくとある日、突然のように花が咲く。白い花で花弁が大きく、楚々として品がある。葉が芽生えていない枯れ枝に白い大きな花がつくのだ。

 ところが花の期間はごく短く、これまたある日、突然のように大きな花弁をボトン、ボトンという感じで落とし散ってしまう。そしてある日、突然のように緑の若葉が枯れ枝をいろどる。木蓮はこんな“劇的変化”が面白くかつ楽しい。

 木蓮というのは住宅の庭や街角のちょっとした空間にさりげなく植えてある。したがって普段はまったく目につかないが、この春先のドラマチックな開花で存在を誇示する。

 ところでソウルに木蓮を街路樹にした一角がある。これはぼくが密かに楽しんでいる春の“隠しカード”なので教えたくないのだが、春も過ぎたことだし公開する。中心部にほど近い西江大キャンパスの裏道で、小道を挟んで約三百メートルにわたり街路樹に木蓮が植えてある。こいつが春先に一斉に花をつけると壮観である。

 木蓮は夜がまたいい。闇の中にぼんやり浮かぶ大きな白い花弁は妖艶な女性だ。いや、年甲斐を考えて“幽玄”というべきか。来年の春はぜひ木蓮に注目してください。

 春の花でぜひ会いたいと思っているのは「海棠(かいどう)」だ。ソウルでもあるのだろうがなかなか目にとまらない。韓国では「ヘダンファ(海棠花)」という。ぼくのお気に入りである李美子のナツメロ・ヒット曲「ソムマウル、ソンセン(島の先生)」の出だしに登場する。この歌のせいで「海棠」はぼくの憧れの花になっているのだ。しかしソウルで会えないとすると島に出かけるしかないかな。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。