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2007/11/09

<随筆>◇古本よもやま話◇ 崔 碩義 氏

 秋もたけなわ。空気が澄んで一年を通じて最も過ごし易いのはこの季節であろう。また、秋は人恋うる時期であり、読書に親しみ、瞑想に適しているといわれる。この時期になると私は、何故か、李白の〔静夜詩〕で詠われている「こうべを垂れて故郷を思う(低頭思故郷)」という詩句が頭を寄切る。

 私は少年の頃から本を読む以外に何の趣味も持たず、また、金欠病であった関係で新刊書よりも古本を、それも雑本類を乱読する悪い癖がついてしまった。神田神保町界隈の古書店を足が棒になるぐらい歩き回った思い出も懐かしい。ところが最近は、世相を反映してか古本屋がめっきり姿を消した。「たかが古本」と言うなかれ、その中に人類文化の英知が詰まっているのである(古本もピンからキリまであるが)。

 しかし、今どきの若い人の中には、本を読む醍醐味を知らず、ましてや最初から本を敬遠する者もいるというから始末が悪い。何?その代わりパソコンで必要な情報を得ているから心配無用だと。

 話は変わるが、韓国のソウルや釜山の街で古本屋らしい古本屋(古書店)を見付けるのは至難の業である。韓国には古本文化のような土壌が育たないとしたら、その理由がいささか気にかかる。

 古本屋稼業といえば、かつて金三奎先生(キム・サンギュ、コリア評論主筆)が、早稲田の穴八幡で「青原書房」という店をやっていたことがある。その時、中野重治が物心両面から援助したというエピソードが伝わる。

 在日の歴史家で有名な朴慶植(パク・キョンシギ)先生も、小田急の向ヶ丘駅の近くで「太白書林」という古本屋を開業したが、二年ほどで潰れてしまった。朴慶植は『在日朝鮮人―私の青春』に、自分の若き日のロマンスを書いているが、これが結構面白い。だが後で、このことで奥さんとの間でひと悶着あった。なお、「私の古本屋稼業」というエッセィでは、金炳植(キム・ビョンシギ)事件に関連して、同僚であった朝鮮大学の教職員たちから暴力を受けたことが生々しく記されているのは興味深い。朴慶植は晩年、「在日同胞歴史資料館」の設立に執念を燃やして奔走したが、惜しくも交通事故で亡くなった。なお、彼の膨大な蔵書は死後、滋賀県立大学が引き取って「朴慶植文庫」を設立した。

 ところで、古本屋で成功したのは何といっても大阪の「日の出書房」であろう。南巽の本店に行けば大抵の朝鮮史、及び在日に関する書物が揃うだけでなく、各地から研究者たちがひっきりなしに訪れるという。私も以前に、店主の郭日出(クァク・イルチュル)氏に頼んで李応洙(イ・ウンス)編『金笠詩集』という貴重な原典を手に入れて驚喜したことがある。また、最近アメリカの某大学附属研究所から在日関係の書籍の注文が大量に来て、その納入に忙しい由(商売繁盛)。

 最後に、秋の夜更けに是非、一冊の本を読んでみることを勧めたい。


  チェ・ソギ 作家。在日朝鮮人運動史研究会会員。慶尚南道出身。最近の著書に『韓国歴史紀行』(影書房)などがある。