独島(竹島)問題を考えるとき、その歴史的経緯や問題点を漠然と知っていても、正確に認識している人は案外少ないのではないだろうか。私も多分、その内のひとりであろう。
最近読んだものを簡単に紹介しよう。宋炳基『欝島郡守沈興澤報告』内藤浩之訳(鳥取短大「北東アジア文化研究」22号)は、とても参考になった文献であったが、反対に、下條正男の『竹島は日韓どちらのものか』(文春新書)は、史実を平然とねじ曲げたり、韓国人を侮蔑する箇所があって感心しなかった。
今年に入って『竹島=独島論争』内藤正中・朴炳渉著(新幹社)と、『史的検証竹島・独島』内藤正中・金柄烈著(岩波書店)という二冊の本が、続けざまに刊行されたが、その意味は決して小さくない。
著者の島根大学名誉教授内藤正中は、これまでの業績からみても竹島(独島)問題の研究分野で、第一人者であるのは言うまでもない。それに、日本では往々にして研究が領土問題に関連すると、右翼から「国益に反する」と難癖をつけられる。こうした事情を考えても、私は内藤正中氏の研究者としての信念を高く評価するものである。
九月初旬、その内藤正中先生が在日韓人歴史資料館で講演をすると聞いたので早速聞きに行った。講演では日本外務省のホームページ「竹島は我が国の固有領土である」が、如何に虚構にみちたものであるかについて話された。その内容については省略する。講演会が終わったあと、先生を囲んでお茶を飲む機会があった。
ところで、私は以前から内籐正中と『文禄・慶長役における被擄人の研究』(東京大学出版会)という画期的な著書を出された内藤雋輔、そして内籐浩之(『欝島郡守沈興澤報告書』の訳者)の三人は、ひょっとしたら血縁関係にあるのではと、密かに睨んでいた。内籐雋輔といえば、壬辰倭乱のときに日本に連行されて来た数万人の被擄人たち(帰国できたのはその内の数千人)が、その後、日本の各地に分散して、どのような運命を辿ったか(今日の在日と共通するものがあって興味深い)を、実地を歩いて調査した大変偉い学者である。また、壬辰倭乱のときの従軍僧、慶念の『朝鮮日々記』の存在を、広く世の中に紹介したことでも知られる。
そこで私は正中先生に、内籐雋輔、内籐浩之との関係について単刀直入に質問した。果たせるかな、内籐雋輔は正中先生の尊父で、浩之はご子息であることが分かった。正中先生は、私の問いに一瞬驚きながら、「三代の内籐を記憶していて下さって、とても光栄です」と言われた。私は、内籐先生一家が三代にわたって、韓国に関係する研究をして来たことに敬意を表するとともに、忽ち意気投合したという次第である。
チェ・ソギ 作家。在日朝鮮人運動史研究会会員。慶尚南道出身。最近の著書に『韓国歴史紀行』(影書房)などがある。