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2007/07/27

<随筆>◇"イヨルチヨル"の昼ごはん◇ 韓国ヤクルト共同代表副社長代行  田口 亮一 氏

 若いころは夏大好き人間だった私も、今はもうヌガモラゴヘド(誰がなんと言っても)夏大嫌いです。そうは言っても何とかしてこのクソ暑い夏を乗り越えなければと考えていたある暑い日の昼時、会社の人が「今日の昼ごはんはイヨルチョルで行きましょう」と誘ってくれました。「イヨルチョル?」。以前にも何度か聞いたことがある言葉ではあったのですが、ファクシリ(確実には)理解はしていませんでしたので、「どんなんかナ?」と思いながら付いていったところがクルクッパプ食堂でした。

 クルは海の牡蠣(かき)のこと、クッパプはご存知ですよね。まぁ日本語の直訳で云うと「牡蠣汁ごはん」とでもいうのでしょうか。皆さん日本でたまに食べる「牡蠣ごはん」などを想像してはいけませんよ。あんな生易しいもんじゃなかとですよ。大き目の石鍋(1人用)にそれこそ1000度にも沸騰していようかという(煮えたぎりすぎて上の方は泡立ったまま沸騰継続中)なみなみの汁の中にごはんと沢山の牡蠣とネギと卵1個が入っていて、各々が石鍋の中でチュムチュゴイッスムニダ(踊り狂っています)。

 おまけにこの店(50人くらいは入れる)にはエアコンは無く扇風機が数台あるだけ。外は29度のカンカン照り。「ウヒョーこりゃもうたまらんナァ」と思っている中にも首から胸にかけてタム(汗)がダラダラ。どうやって食べるのか前の人を見ると、まずは大きいスッカラク(スプーン)でごはんと牡蠣をほとんど全部、別のチョプシ(皿)に取り分け少し冷ましながら熱汁を飲み、緑唐辛子を味噌に付けガブッ、キムチをパリパリと喰っています。モードゥ(皆さん)の顔は暑さで真っ赤、汗垂れ流し、ネクタイ取り外し、胸元大ひろげ(男性客のみ)の状態でハフハフ、一生懸命喰っています。

 この店はテーブル席が無く例のオンドル式のベタ座りの客間ですからその混雑はすさまじいものがあります。そのうえ、この店で働く3、4人のアジュマ(おばさん)のお運び状態には、暑さの汗と一緒に冷や汗も吹きだしました。さすがに2個の石鍋を同時に運ぶつわものアジュマはいませんが(それは不可能)、この1000度熱湯クルクッパプをまさにお客の頭のすぐうえのところで持ってスイスイ運ぶのですから「マッ、マニイル(万が一)」足がもつれてすべりでもしたら……と思ううち、アジュマが前、横を通るたびに上半身を反対側にねじりつつ、上目づかいに食べた昼ごはんは、正に命をかけた“イヨルチョル”昼ごはんでした。

 なるほど、これがイヨルチヨルかと感心しすぐ辞書を引いてみると、漢字で「以熱治熱」。改めて大納得した次第です。


  たぐち・りょういち 1943年満州国生まれ。東京都立大学人文科学部卒。69年ヤクルト入社、71年韓国ヤクルト出向。94年から同社共同代表副社長代行。