夏が来るたびに、数年前に北朝鮮の海辺で食した豪快な磯料理「ハマグリのガソリン焼き」を思い出す。北朝鮮きっての貿易港である南浦市で終点を迎える大河・大同江の河口から海岸線に沿って車で数分走ると風光明媚な牛臥島に到着する。この一帯は国から遊園地に指定されているだけあって、青い空と青い海に囲まれた雄大でのどかな自然が素晴らしい。
海面に突き出ている平らな岩の一角で「ハマグリのガソリン焼き」が始まった。まず、莚状のシートの上にあらかじめ用意してきた大量のハマグリを隙間がないほどにびっしりと敷き詰める。いずれも栄養たっぷりの美味そうなやつで、勿論まだピンピン生きている。その上にガソリンをサーッとふりかけるや否や、間髪を入れずライターで火を点ける。途端に炎が勢いよく吹き上がって思わず後ずさり。数分間の火あぶりの刑で哀れ無実のハマグリ君はこんがりと焼け上がる。
「サー、食べましょう」案内人の掛け声が響いた。待ち構えていた連中が一斉に手を伸ばす。あつあつなので皆、軍手を着用し、焼けたハマグリをこじ開けて口に放り込む。ジューシーな磯の味が口一杯に拡がる。「うまーい」「マシイッソ」。一気に数個平らげた後、よく冷えた地場の焼酎を流し込んで一息つく。そして再びハマグリとの格闘が始まる。焼酎、ハマグリと交互に楽しんでいるうちに、大量のハマグリがあっという間に無くなってしまった。地元の人も日本人も皆、満腹で大満足。ほろ酔い気分に頬を撫でる潮風が心地よい。ここが「かの国」ということも忘れてしまっていた。
でも、あれだけのガソリンを振りかけたのに何故ガソリン臭くないのだろうか?地元の人の話ではやはりコツがあって、初心者がやれば失敗もあるらしい。もっとも、昨今のガソリンの高騰でこの名物料理が今も続いているのかどうか少し心配ではあるが。
豪快な磯料理を堪能した後は、正真正銘の元祖・平壌冷麺が待っている。平壌冷麺は大同江河畔の「玉流館」が有名だが、外国人の常宿、高麗ホテルのレストランの冷麺も負けてはいない。ただ、味もさることながらその量には度肝を抜かされる。洗面器大の器に山盛りで食べても食べても中々減らない。でも美味しいので箸は止まらない。ここでも料理と格闘である。
「こんなに旨いものばかり食べていいのかな」と小さな罪悪感を感じながら、食後はホテル最上階の回転ラウンジに上って一息ついた。夕闇迫る眼下には巨大な建築物の間を縫うようにして、波乱に満ちたこの国の歴史を全て飲み込むように大同江がゆったりと流れている。川面が銀色に光っている。夜の帳を前にして、街が静かに息づいている。美しい眺めだ・・・。
それにしてもガソリン焼きは旨かった。もう一度食べたい!
おおにし・けんいち 福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。04年4月、韓国双日に社名変更。