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2007/04/06

<随筆>◇それは鏡です◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 韓国人は結構、冗談好きだ。しかも政治好きだから政治的ユーモアなど実にうまい。歴代大統領などいつもこけにされている。たとえば某大統領は英語に弱いといって、こんな小話があった。訪米に際して側近から、米国の大統領に会えばまず「ハウアーユー?」といいなさい、すると相手は「アイムファインサンキュー、アンドユー?」というから次は「ミートゥー」といえばそれでOKと知恵を授けられた。

 くだんの大統領はワシントンに行って当時のクリントン大統領に会い、早速、教えられた通りやろうとしたのだが「ハウアーユー?」を間違って「フーアーユー?」と言ってしまった。クリントンは「なかなかユーモアのある韓国大統領だな」と喜び、笑いながら「アイムヒラリーズハズバンド」と答えたところ、韓国の大統領が「ミートゥー」と言ったので驚いたというのだ。

 80年代初めにはやったこんな話も印象に残っている。軍人出身の当時の大統領を冷やかしたもので「今やパクサの上にユクサあり、ユクサの上にポアンサあり、ポアンサの上にヨサありの時代だねえ…」

 これは日本人好みの語呂合わせの妙味で「サ」の語呂が面白い。パクサは「博士」ユクサは「陸士」ポアンサは「保安司」ヨサは「女史」を意味する。つまり陸軍士官学校出の軍人たちが政権を握り、大統領になったのは「保安司令官」の将軍で、その結果、保安司令部出身者が大いに羽振りをきかしたというわけだ。

 問題は最後の「ヨサ(女史)」だが、これは大統領夫人を意味する。つまり当時、大統領夫人がやり手で知られ、大統領も夫人には頭が上がらなかったということを皮肉ったものだった。

 ついでに今、韓国人たちはどんな小話を楽しんでいるかというと、こんな調子だ。国際テロ組織のアルカイダが韓国の大統領を人質に取ったといって青瓦台に強迫電話をかけてきた。「ただちにわれわれに10億㌦を送金しろ。送金しないと大統領を釈放する!」

 ところで、ユーモア好きの韓国人に日本の落語がはたして通用するか。しかも韓国語で。この課題に挑戦しているのが上方落語界の笑福亭銀瓶だが、最近、ソウルや釜山などでテスト公演をした。彼は在日3世で、日本の落語を韓国語バージョンに仕立ててやった。結果は大受けだった。韓国語はまだ必ずしも十分ではなかったが、そこがまたエキゾッチックでもあり爆笑を誘っていた。

 銀瓶は本番の「時うどん」に入る前にまず小話を紹介し笑わせたのもよかった。たとえば、あるご婦人が美術館に出かけ世界の名画を見ながら案内のキュレーターに聞いていた。「これルノワールでしょ?」「いえ、マチスです」「そう、これはゴッホかしら?」「いえ、シャガールです」「あら、これピカソね?」「いえ、それは鏡です」――爆笑だった。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。