韓国映画界の巨匠・林権澤監督の作品に『族譜』(一九七八年製作)というのがある。原作は日本統治時代末期、ソウルの京城中学の生徒だった日本の作家・故梶山季之の同名の小説で、知日派の作家・韓雲史さんがシナリオを担当された。韓国で百本以上の作品を作った林監督にとって、あれは日本人の小説を原作にした唯一の作品ではなかったか。
ぼくはこの映画をソウル留学時代の一九七八年、韓雲史さんの紹介で製作会社の「貨泉公社」の試写室で観せてもらった。映画が封切り前だったか、映画館での上映が終わった後だったためかよく覚えていないが、とにかく映画会社の試写室で一人で観たのだ。この件についてはぼくの留学体験記である『ソウル原体験』(亜紀書房刊、後に徳間文庫)に詳しく書いている。きっかけは当時、テレビで“日韓和解ドラマ”を多く手がけておられた韓雲史さんへの関心からだった。『族譜』は韓さんのシナリオでテレビドラマにもなっている。
ちなみに小説『族譜』は日本統治時代末期に実施された「創氏改名」をテーマにしている。韓国体験のある梶山季之の、韓国に対する歴史的な贖罪意識から書かれたものだ。ストーリーは、韓国で代々続いた名家の主人が、総督府からの創氏改名の要請を迫られ自殺に追い込まれるという話だ。総督府の若い日本人職員が心優しい青年で、彼の悩みと名家の娘との淡い思いなどが描かれている。
小説も映画もよくできた作品だが、ただ創氏改名の理解については問題があることが後で分かった。創氏改名は韓国人に新しく日本人風の氏名を名乗らせ戸籍に載せるというもので、一族が昔から維持してきた家系図の「族譜」を廃止するものでは必ずしもなかったからだ。作品では主人公の自殺を「族譜の断絶」に対する抗議としており、専門家はこの点に問題つまり誤解ありというわけだ。
ただ映画はラストで、原作になかった主人公の伝統的な葬礼シーンを長々と描いている。「韓国人とは何か」で伝統文化にこだわる林権澤監督の真骨頂の場面だ。
先ごろ別府で「日韓次世代交流映画祭」(下川正晴事務局長・大分県立芸術文化短大教授)があり“林権澤映画特集”をやった。林監督と同席し、そしてあらためて作品をいくつか観た。作品の中では大衆性の強い『将軍の息子』がやはりいつ観ても面白い。これは日本統治時代のソウル中心街における“日韓ヤクザ抗争 ”の話だが、文化と歴史性が描かれていて感慨をそそられる。
ぼくはその時のセミナーで言ったのだが梶山作品の『族譜』や『李朝残影』のほか、川端康成の『雪国』や三浦綾子の『氷点』、夏樹静子の『Wの悲劇』など韓国映画には日本小説の翻案モノがかなりある。これらを集めて映画際をやれば日韓交流史の観点で面白いのではないかと。どうだろう。
くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。