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2008/10/17

<随筆>◇雑感 文化財返還問題◇ 崔 碩義 氏

 1965年の韓日条約の締結は、当時の世界的な冷戦構造を反映した産物だったと言ってもいいだろう。韓国は総計5億㌦の経済援助を得た代わりに、戦後補償問題、在日同胞の処遇問題、文化財返還問題などで多くの後遺症を残した。

 中でも文化財返還について言えば、私は当初、日本側が植民地支配の清算として、多少の重要文化財を返還するだろうと予想したが、その期待は完全に裏切られた。雀の涙ほどの文化財を、それも独立に対する「祝儀」として寄越すという不誠実な態度に私は失望したことを憶えている。民族文化財はその民族の歴史を凝縮した宝なのだ。重要な文化財は本来あるべきところにあってこそ価値がある。こうした文化財返還問題はいずれ清算されなくてはならない課題であるのは言うまでもない。

 壬辰倭乱のときに日本軍に奪われた文化財(美術品、典籍、仏像、経典など)のことはさて置いて、韓末から日本の植民地時代にかけて、夥しい民族的文化財を悪質な日本人が盗掘したか、一部の同胞を使嗾(しそう・そそのかす意)して不法に略奪したことは紛れもない歴史的事実である。しかも総督府の絶大な権力の下に、その多くが日本に搬出されたのである。したがって現在、日本の各地にそうした文化財(高麗青磁、李朝白磁、絵画、石造物、墳墓からの出土品)がかなり散在する。ただ、その正確な数と実態は不明である。日本人で白磁や青磁などを芸術作品として愛好する人が案外多いのを私はよく承知しているし、また、こうした優れた文化財は日本にあっても隣国の歴史と文化に対する理解を深めるのに結構貢献していることも認識している。しかし一方でその履歴については甚だ無関心なのは遺憾である。

 これは私見だが、民族文化財と名の付くものをすべて返せという非現実的な議論に組するつもりはない。ただ、代替品がなくて国家のプライドに関わるような歴史的文化遺産といったものは早急に返還して欲しいと思うのである。場合によっては長期間里帰りさせるとか、或いは適当な金額で譲渡する方法を探ってもよいのではなかろうか。

 その後幸い、僅かではあるが返還された文化財もある。寺内文庫の一部、大倉集古館にあった「資善堂」、靖国神社が所管した「北関大捷碑」、東大図書館の「朝鮮王朝実録」などがそれである。なお、宮内庁が所蔵する「朝鮮王朝儀軌」の返還も近々実現する可能性があると聞いている。

 今や、他国に流失した自国の文化財を取り戻す動きが世界的に活発になっている。例えば、ギリシャが大英博物館にあるパルテノン神殿の大理石彫刻群の返還を求めているといった具合に。ユネスコもまた、固有の文化財は基本的に原所有国に戻すことを方針にしているという。

 話は飛ぶが、文化財を取り戻す運動をしている矢先に、韓国で自国の国宝第一号である崇礼門(南大門)をいとも簡単に焼失させてしまった。とんでもない失態で、何とも嘆かわしい限りである。


  チェ・ソギ 作家。在日朝鮮人運動史研究会会員。慶尚南道出身。最近の著書に『韓国歴史紀行』(影書房)などがある。