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2008/07/04

<随筆>◇夏が来れば思い出す・・・◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 韓国の夏も暑い。韓国暮らしをはじめた七〇年代にくらべると、かなり蒸し暑くなっている。冬がそれほど寒くなくなったこともそうだが、やはり地球温暖化のせいだろうか。昔は扇風機で十分だったが、このごろはついクーラーのリモコンに手がのびる。

 温暖化の話題では最近、韓国近海でマグロが大量に獲れていることは、喜んでいいのか、心配すべきことなのか。ただ魚好きには朗報だ。先日、済州島沖で獲れた“国産マグロ”というのに出くわした。行きつけの日式(日本料理屋)で板前がそっと(?)出してくれたのだが、中トロ級で実にうまかった。

 夏というと、七〇年代のソウル留学時代、下宿近くの銭湯のことを思い出す。暑い夏になると、日本人は毎日のように銭湯に行きたくなる。銭湯は下宿から百メートルも離れていなかったのだが、そこまで行くのにちゃんとズボンをはいて出かけた。上もランニングの上にシャツをひっかけて。

 ぼくは当時、三十代なかばだったが、近くの銭湯だからステテコ、ランニング姿で出かけたかったのだが、がまんした。銭湯でひと汗流した後、またズボン、シャツを着て下宿に帰るのがひどく苦痛だった。あの時なぜぼくが着衣にこだわったかというと、三十代という年齢もあるが、それより「日本人としてそういうことをしてはまずい」という思いがあったからだ。

 というのは韓国では人前で肌を露出してはいけない、はしたない、下品で野蛮と見られる…などと教わり、そう書かれたのを読んでいたからだ。当時、地方旅行した短パンの日本人女子学生が、おじいさんに怒鳴られたという話があったり、文化人類学者の韓国レポートにも似たような経験談が書いてあった。歴史的には「ふんどし一丁の倭寇」のイメージで日本蔑視になっていたという話もある。

 この件は一九八六年に日本で出版されたぼくの初期の本『韓国人の発想』(徳間書店刊)でうんちくを傾けているが、今や隔世の感がある。若い女性をはじめ韓国人はどんどん肌を露出している。男女を問わず肌の露出ぶりは日本を上回るのではないか。これにはファッションもさることながら、やはり温暖化も影響しているに違いない。

 銭湯で思い出したが、七〇年代に比べると韓国人もシャワーをはじめよく風呂に入る(?)ようになった。サウナや何とかタン(湯)とか何とかマク(幕)など、各種のお風呂文化も流行だ。昔は下宿で見ていると、頭は毎日洗っていたが風呂はごくたまにしか行かなかった。したがって現在、水の消費量はものすごく増えているに違いない。

 ぼくは今もよく銭湯に出かける。勤め先の近くにある都心の銭湯だが、ただ昔と変わらないことが一つある。無料使用のタオルが浴室に投げ捨ててあることだ。ぼくは時に銭湯のおやじと一緒になってそれを片ずけてやるのだが、あれはどうにかならんかな。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。