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2008/04/04

<随筆>◇新・和食ブーム◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 ぼくのソウルでのランチロードは、職場に近い光化門交差点の周辺路地裏だ。夜の一杯も、近年お歳のせい(?)か遠出が面倒になり、このあたりで済ますことが多い。韓国ウオッチャーとしてはもっと行動半径を広げねば、と反省しているが。

 それでもピンポイントで面白いことはある。たとえば世宗会館裏のビルの地下商店街などそうだ。ここに昨年秋だったか、突然、日本の平仮名で「せいしゅん」と書いた看板のごくごく小さな食堂が現れた。のぞくと韓国人の若い男性がアルバイトと一緒に二人でやっている。

 日本式の簡単な食事と夜は居酒屋風の店だが、地下街のこのコーナーは鬼門(?)で、日本人のラーメン屋をはじめほとんどが長続きしなかった場所だ。屋号が気に入って「がんばれよ!」と声をかけたけれど、内心は「大丈夫かいな?」という感じだった。

 ところがこれが大当たりで、今や昼飯時には列ができている。ビジネス街だから、OLたちも多い。彼ら彼女らが天丼やカツ丼、カレー、ラーメンなど、いわば単品メニューの和風軽食をうまそうにいただいているではないか。満員の店内をのぞきながら「韓国人たちが日本のドンブリ物を食べるようになったか…」と感慨深かった。

 というのも、韓国では日本のドンブリ物がこれまでなかなか定着しなかったからだ。その象徴が、一九八〇年代に韓国にいちはやく進出して失敗した牛丼だった。日本の大手有名店が鍾路の若者街・貫鉄洞の好位置に店を構えたがうまくいかなかった。

 ご飯モノ食事としての中途半端さ、一人客中心のスタイルなどが韓国人に合わなかったようだ。日本の牛丼屋の客は、一人でカウンターに座って黙々とかき込んでいるのがほとんどではないか。

 「韓国人は耳で食べる」という言葉があるように、いつも仲間とわいわいいいながらやかましくいただくのが韓国の外食だから、牛丼スタイルではさびしかったのだ。

 しかし韓国も今や飽食時代で、和風ドンブリ物の単品スタイルは時代に合う。多忙社会、オタク族も増え、一人の食事姿も結構いる。それにあれだけ苦戦したラーメン屋が若い世代の“日流ブーム”を背景に近年、定着傾向にある。もう牛丼もいけるかもしれない。

 そういえば十年前、やはり鍾路・貫鉄洞にラーメン店「よこはま」をオープンして失敗し、日本人街の東部二村洞で居酒屋「味源」で成功した知人の佐藤英治氏が最近、若者街の弘益大前にラーメン店「あじげん」を始めた。「もう大丈夫だろう」というわけだ。苦節十年、捲土重来、念願の「ラーメンチェーン店あじげん韓国大展開計画」に、ついに光が見えたか。

 韓国の和食ブームは韓国人にさらなる対日接近感をもたらしている。ただ、この和食にもキムチはついているけれど。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。