2年ほど前の話だが、高速道路で大型玉突き事故が起こり、多くの人が犠牲になる惨事が発生した。事故の原因は十分な車間距離を取っていなかったとの報道だが、韓国では車間距離を守っている車はゼロに等しい。日本人ドライバーが律義に車間距離を取ると、たちまち横から割り込みされる。正直者が馬鹿を見る世界で、かくて正直者はいなくなる。そして方々で事故が起こる。少しでも先に行きたいという韓国人特有のパリパリ(早く早く)精神によるものと思うが、当地では車だけでなく人間同士の距離も近いように感じて仕方がない。
かなり以前に退職した李部長と歩く時は苦労した。二人で歩いていると隣にいる彼がどんどん接近してくる。若いアガシ(娘さん)なら望むところだが、還暦間近のオジサンはノーサンキューなので私は避けるように進路を変える。構わず彼は接近して来る。私はさらに方向を変えることになるが、それでは道路からはみ出てしまうので、結局彼とのニヤミスが避けられず、恋人同士のように肩を触れ合うようにして進むことになる。話す度に彼のニンニク臭い息をまともに顔に受けることになる。
欧米では親しい関係でも半径50センチ以内は「プライベートな空間」とされており、これを「車間距離」に対比して「人間(インガン)距離」と呼ぶ、と何かの本で読んだことがある。日本人の場合はこれより少し狭いが、当地では人間距離はゼロに等しい。当然ながら体が触れ合うわけで、男同士のスキンシップも親密度、連帯感を現わす尺度となる。酒でも入ってご機嫌な場合はオジサン同士が腕を組む光景も珍しくないが、欧米人には男同士の怪しい関係がやけに多い国と映るだろう。
97年に犯罪者として裁かれた全斗煥・盧泰愚元大統領が仲良く手をつないで法廷に現れたときはぶったまげた。共に戦う二人の連帯感の現れと思うが、韓国人の真髄を垣間見たような気がした。
いくら「人間距離」の近い韓国でも満員の通勤電車は別である。ラッシュ時の込み方は当地も日本に負けないくらいの凄まじさで、当然の結果として女性に対して怪しからぬ行為に及ぶ男性も出てくる。その対策として、以前、一部の地下鉄に導入していた「女性専用車輌」の復活案が検討されていたが、最近の報道によると計画は保留されたらしい。意外にも女性団体の反対が多かったようで、その理由として、
①専用車輌でなく、やむなく一般車両に乗る女性は、性犯罪の対象としても構わないと認識される危険がある。
②男性を潜在的性的犯罪者とみなし、男女間の不信を深める。
さすがに韓国の女性団体は良識がある。オジサンは何故かホッとした(?)。
おおにし・けんいち 福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。04年4月、韓国双日に社名変更。