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2008/01/11

<随筆>◇クァメギの季節◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 二〇〇二年の日韓共催ワールドカップ大会の際、韓国各地で大会用のスタジアムが建設された。それぞれの自治体がPRのため競って外国記者団を招き、スタジアムを見学させていた。そのころの話で、開催地の一つだった蔚山市に招かれ、昼飯は地元の韓定食屋でよばれた。

 店の名前は「李朝」といったか、結構なお味で記憶に残った。そこで出てきた料理に「クァメギ」というのがあり、初めて食べた。「クァメギ」というのはサンマの干したヤツで、骨と皮をむき、これをワカメやニンニク、ワケギなどとともにコチュジャン(唐辛子ミソ)をつけ、ゴマや白菜の葉っぱにくるんで口に押し込むというもので、料理というほどのものではない。

 磯の香りがあり、その味覚は“野趣”といった感じか。まあ、酒の肴に適当かなというものだった。サンマは冬場の日本海の浜で、冷たい海風にさらして脂を落とした、いわば浅干しである。日本ならこれはサッとあぶって食べるのだろうが、韓国では生のままコチュジャンでいただくというところが珍しかった。文字通り珍味である。以来、「クァメギ」はぼくの食の記憶に残っていて、その後、ソウルでも何回か食べる機会があった。

 しかしその後、分かったのだが、この「クァメギ」は蔚山よりちょっと北に位置する浦項の名物で、浦項市では毎年、「クァメギ祭り」までやっている。しかも近年、韓国近海ではサンマがあまり獲れなくなっていて、日本からの輸入モノも材料にしていることなど…。ついでにいえば昔はニシンを使っていたのだが、ニシンが獲れなくなったのでサンマに代わったという。

 韓国も近年、各自治体が街おこし、村おこしで特産品を競っている。「浦項クァメギ」もその一つで、ソウルなどでも酒飲みの間でファンが生まれつつあったのだが、そこに一大朗報が飛び込んだ。浦項が故郷の李明博大統領の誕生である。

 李明博政権誕生で今や「クァメギ」は政権御用達となり、全国ブランドとして人気急上昇というのだ。いささか出来過ぎのヨイショ話という感じはあるが、面白い。木浦が故郷の金大中政権の「ホンオ・フェ(エイの刺身)」や、釜山(実際は金海)が故郷の盧武鉉政権の「アナゴ(そのまま日本語で!)フェ」と同じ「権力と食の移動」の話だ。

 実はこの種の話の起源は盧泰愚政権という説を聞いた。慶尚北道出身の軍人たちが政権の中枢を占めた時代だが、当時、軍隊では新兵たちが「故郷はどこか?」と上官に聞かれ、慶尚北道以外だと「雑魚(ざこ)だな」といわれたとか。慶尚北道出身は「クァンオ(ヒラメ)」といわれていたからだ。中でも大統領と同じ慶北高校出身は「エンピラ」といわれたというのだ。「エンピラ」は、ヒラメでも一番味のいい部分のエンガワのことをいう。実に話がこまかい。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。