イエンナル(むかし)、イエンナル(むかし)、虎がたばこを吸っていたころ。
あるところに男の人がいました。奥さんと両親と住んでいました。むかし、韓国では、男の人が官職につくためには、カゴ(科挙)という試験を受けなければなりませんでした。むずかしい中国の本を読み、二年に一度のカゴの試験を受けます。男は、カゴのために山奥の寺にこもって一生懸命勉強していました。
ある夜、勉強していると、シュシュシュと何かが入ってきた気配がしました。それはネズミでした。
「あー、ネズミか。ネズミでも寂しいときはうれしいものだ」と、じいっと見ていると、ふしぎなことに、逃げようとせず、ネズミも男の人をじっと見ています。
毎晩のようにネズミが現れました。ある日、男の人は、爪が伸びたので切りました。切った爪を紙の上にのせて、あとで捨てようとそのまま置いておきました。そうしたら、どこからともなく例のネズミが現れて、その爪を食べています。
「このネズミは人の爪を食べるんだ」。それからというもの、男は爪を切るたびにネズミに食べさせていました。そのうちに、ネズミの姿が見えなくなりました。
その後も男は勉強を続け、もう十分と山を下りて家に帰ることにしました。「イリオノラー(帰ったよ)」。そう言うと、家から人が出てきました。びっくりしたことに、その中に男とそっくりの人がいるではありませんか。
「おまえはだれだ!」
「おまえこそだれだ!」
そっくりな人が二人いるのですから、家の人たちは、もうびっくりです。でも、どっちがどっちだかわかりません。そこで、家の者しか答えられない問題を出すことにしました。ところが、男は山にこもって長いこと勉強していたために、最近の家の事情がわかりません。このため、答えることができず、家を追い出されてしまいました。
「あぁ、自分の家を追い出されてしまうなんて、ご先祖さまに申し訳ない。もう生きている価値もない。死んでしまおう。でも死ぬ前にご先祖さまのお墓に行って謝ろう」
そこで、男は山にあるご先祖さまの墓参りをしました。そこで、ふっと居眠りをすると、夢にご先祖さまが現れました。
「おまえの家にいるのは、おまえが勉強しているときに爪を食べさせたネズミだ。その正体をあばくには、村のネコを一匹借りてきて家に放せばよい」
夢から覚めた男は、さっそく村に帰ると、ネコを一匹借り、袖の下に隠して自分の家に戻りました。そして、自分とそっくりの男の前でネコを放しました。するとネコは、男に飛びかかり、のどに噛み付いて殺してしまいました。死んだ男の姿はネズミに変わっていました。
このお話には、親からもらった自分の爪や髪の毛を粗末にしてはいけない、爪や髪には人間の「気」が宿っているので大事にしなさい、という教えが込められています。クッ(おしまい)。
キム・キヨン 1962年、仁川市生まれ。千葉県船橋市在住。韓国民話の語部として日本各地で公演。落語家の笑福亭銀瓶とのコラボレーションも。船橋市国際交流協会常任理事、船橋市外国人相談窓口親善ボランティアとしても活躍。