最近、覆盆子(ポップンジャ)酒にはまっている。ワインカラーの魅惑的な色と、少し甘いが上品な味も気に入っているが、本当の理由は次の文献で説明してもらいましょう。
『昔、中年の男が隣村に行く用事があったが、途中お腹が空いたので、偶然、山道にあった山イチゴ風の果実を腹一杯食べた。用事を済ませて家に帰り用を足そうとすると、小水の勢いが物凄く、小便器(盆)がひっくり返った(覆った)。その夜、男の家は明け方まで電気が消える事はなかった。それから、山いちご風の果実は「覆盆子」と名付けられた』
韓国に来てからいろんな酒を試したが、正直言って本当に美味い思った酒は限られている。韓国酒業界の代表選手である「ソジュ(焼酒)」は味わうというより酔うためのお酒のようだし、代表選手二番手の「マッコルリ」もじっくり楽しむ酒ではない。ちなみに「マッコルリ」の「マッ」は「粗っぽく」、「コルリ」は「濾過する」という意味らしく、文字通りの「濁酒」だが、日本でも人気急上昇と聞いている。
濁酒に対応する清酒は当地では「チョンジョン(正宗)」と呼ばれているが、本場日本の清酒と比べると物足りなさは否めない。以前、清酒大好きの日本人と焼肉屋で会食の際、彼は清酒の熱燗が欲しいと言って聞かず、止むなく「清河」という韓国では代表的なチョンジョンを温めてもらったが、とても飲める代物ではなかった。焼肉屋で清酒はもともと邪道だが、韓国の清酒は熱燗には適していない事が分かった。
最近、韓国では日本酒が大流行しており、日本人にはそれなりに嬉しいのだが、できればやはり地場の美味しい酒を飲みたいものだ。そう言えば、韓国に来たばかりの頃に水原の民俗村でピンデットッを肴に飲んだ「トンドン酒」は実に美味かった。「マッコルリ」と同じような濁酒だが、ふくよかな味がたまらなかった。その後、方々で「トンドン酒」を飲んだが、いずれも「マッコルリ」とよく似た味で民俗村のものには遠く及ばなかった。
同じ「トンドン酒」で何故こんなに違うんだろうと、ずーっと小さな胸を痛めていたが、中村欽哉氏著の「韓国の酒を飲んで韓国を知ろう」を読んで胸のもやもやが吹っ飛んだ。中村先生は韓国の酒の種類、由来、味わいなど実に克明に紹介されているが、先生も「民俗村のトンドン酒の謎」でずーっと悩んでおられたらしい。そして長年の研究結果、「民俗村のトンドン酒」は巷のトンドン酒とは原料も製法も全く違う別物という結論を出されているのです。なるほどです。
ところで「覆盆子酒」を愛用しているのにどうも効用を実感できないので、行きつけの飲み屋の親父に相談したが軽くいなされた。「適度に飲めば効くが、あなたのようにいつも酔っ払うまで飲んでは、酒の勢いに負けますよ。それより効用を試す機会はありますか?」
おおにし・けんいち 福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。04年4月、韓国双日に社名変更。