「オイソ、ボイソ、ノイソ」釜山名物の魚市場・チャガルチ市場を覗くと、今日もチャガルチ・アジメ(アジュンマの釜山弁)の威勢のいい声が飛んでくる。でもちょっと変だな?確か「オイソ(来て)、ボイソ(見て)、サイソ(買って)」のはずだったが 。早速、近くのアジメに聞いてみると、「サイソではお客さんに負担感を与えるので、最近、ノイソ(遊んで)に変わったのよ」。なるほど、納得。でもすっかり定着したキャッチフレーズをいとも簡単に変えるとは、さてはあまり景気がよくないのかな、と辺りを見回すと客の入りは悪くない。でも週末にしてはちょっと寂しいかな。
これは受け売りですが、昔、この一帯は玉砂利のきれいな海岸だったことからチャガル(砂利)チョ(處)と呼ばれていたものが、チャガルチになったという。地域の発展のためには埋め立ても必要だったのだろうが、自然豊かなチャガルの海岸が残っていればもっと趣のある名所に育っていたかもしれない。
さて、チャガルチ市場での隠れた名物の一つが鯨です。市場の左隅に小さな屋台が続いているが、そこではちょっと気だるい雰囲気のアジメがスライスした鯨の肉と焼酎を用意して客を待っている。韓国は昔、釜山の隣の蔚山(ウルサン)が捕鯨の町として有名だったが、捕鯨禁止後は自然死したり、偶然、網にかかった鯨だけが料理されているとの事。釜山では鯨が結構、市民の食生活に浸透しているようで、広安里(カンアンニ)海岸にある私のアパート近くの高級寿司店「旬」でもコース料理に鯨のユッケが出てきたのには驚いた。広島で8年も修行した腕自慢の主人は「当店は新鮮なミンク鯨だけ」と胸を張っていた。
ところで、韓国語が分からない日本人が鯨を注文するときは「コレ下さい」といえば通用する。韓国語で鯨を「コレ」と言うのです。余談ながら「アレ」といえば「あれ」ではなく「下」という意味です。ちょっと意味深ですね。話が逸れました。
チャガルチ市場が釜山の名所なら、もう一方の雄・国際市場を忘れてはいけない。ソウルの南大門市場に引けをとらない大型生活市場で、観光客の定番コースにもなっている。この国際市場で大惨事が発生した。市場内の室内射撃場での火災で、日本人観光客7人が亡くなるという衝撃的な事故である。
例によって、ずさんな安全管理に批判が集中しているが、私には80年代の釜山駐在時によく言われた「プサンではなくブルサン」という言葉が甦ってきた。「ブル」とは「火」という意味で、火災の多い釜山を揶揄した言葉だ。実は私が滞在していたフェニックスホテルでも火災が起き、外出していて危うく難を免れたことがある。この悪しき伝統がまだ残っているとは 。釜山在住者の一人として、犠牲者の方々のご冥福をお祈りするばかりです。
おおにし・けんいち 福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。04年4月、韓国双日に社名変更。09年10月より韓国TASETO株式会社・専務理事。