私は植民地朝鮮で生まれ、創氏改名されていた。その私が現在日本研究者になっている。そして目下日本植民地期に朝鮮半島に渡って行ってそこに住み戦後、引き揚げてきた人々への聞き取り調査を行っている。
もともと私は植民地に関心がなかったが、日本に留学してからは韓国の近代化に関心を注いだ。韓国に帰国して日本学科の教員として勤めることになり日本植民地を解決せず日韓関係は良くならないと思って研究を始めた。
韓流ブームの前まで韓国では反日感情が強く、韓日関係がギクシャクすることが多かった。植民地は終戦と同時に終わりではなかった。その影響が長く響き、韓日関係を左右しているような感がある。1980年代、教科書歪曲騒動で反政府の学生デモが多い中、私はデモの核心サークルとも言える仮面劇の指導教授として政府から注視され、学生たちからは日本学科の教授として「親日派」と言われ、ある時はデモ隊の前で日本に関する説明や講演もしなければならなかった。身の危険も強く感じた。
韓日・日韓を挟んで生きる人にとって植民地と被植民地の歴史は重すぎる。韓日・日韓を挟んで生きる人生は辛い。これは私だけではないだろう。在日同胞をはじめ多くの方がそうであろう。
日本は1910年8月22日に朝鮮半島を植民地とした。今年は日韓併合の100周年になる。去年の晩秋、私はその特集のためにある日本のテレビ局の担当者たちと、プログラム企画の打ち合わせをした。しかし最終的に韓国側の協力を得られず霧散してしまった。韓国側は記念すべき年ではなく、国恥日としている。
20世紀までは世界的に植民地は広く行われたが、ドイツと日本の植民地は遅く始まり、強圧的であった。日本の軍人や警察は恐ろしい存在であった。結局は太平洋戦争を起こして日本は敗戦した。
長くイギリスに統治された南アフリカでは植民地統治者であったローズが、シンガポールではラフルスなどが未だに記念とされている。先日台湾では日本の神社を修復して台湾の忠魂タワーにしているのをみた。韓国では植民地支配者を記念とするなどとは想像もつかないことである。
日本の評判が悪いのは、植民地政策自体によるものであるが、それより戦後の処理が上手くなっていないからであろう。また反日感情を政治的に利用してきた韓国政府にもあるだろう。
私は植民地史を客観的にみて超越することを狙い、拙著『親日と反日の文化人類学』(明石書店)を出した。韓国のことを肯定的に書くと日本人からクレームがくる。日本のことを肯定的に書くと韓国人からは親日的と言われる。しかしいま国際化や韓流ブームによって、平和な韓日関係のなか、私は幸せを感じている。これが壊れないように守っていくべきである。
チェ・ギルソン 1940年韓国・京畿道楊州生まれ。ソウル大学校卒、筑波大学文学博士(社会人類学)。陸軍士官学校教官、文化広報部文化財常勤専門委員、慶南大学校講師、啓明大学校教授、中部大学教授、広島大学教授を経て現在は東亜大学教授・広島大学名誉教授。