懇意にしているA造船所のS社長を訪ねて統営(トンヨン)に行ってきた。ここは「忠武(チュンム)キムパブ」で有名な忠武市が統営市に地名変更されたものだが、私には忠武の方がピンとくる。同行の同僚が昔、忠武に住んでいたことがあり、早速、彼の案内で元祖「忠武キムパブ」の店を覗いた。看板には「トゥンボハルメ(太っちょお婆さん)キムパブチブ」とある。隣の店の方が大きいが元祖はここらしい。間違って隣へ行く人も多いが味は全然違うとのこと。
二代目の女主人(アジュンマ)によれば、1947年に先代のアジュンマが船着き場で細々と商売を始めたものが徐々に有名になり、81年にソウルで開かれた文化大祝祭「国風81」に忠武代表の特産品として出品されてから一躍、全国版の人気モノになったとのこと。
味の方はと言うと、キムパブ自体は具の入っていない普通の細巻き。一緒に出てくるオジンオ・ムッチム(イカの和え物)と大振りのカクトゥギ(大根キムチ)が人気の秘密とは同僚の説明だが、辛いものに弱い私には「さすが伝統の素朴な味ですね」が正直な感想。
久しぶりの統営は昔の活気がなかった。S社長は、「破竹の勢いだった造船業が一昨年末のリーマンショック以来、坂道を転げるように悪化し、統営にある数社の造船所も四苦八苦」と嘆いていた。
造船所の苦境は統営だけでなく、御三家の大手を含め全てが非常事態に直面している。不景気による需要減が最大原因だが、それにしても韓国には造船所が多すぎる。この間まで大手会社のブロックを作っていたところが、押しなべて造船所に衣替えしており、久しぶりに現場復帰の私には名前も知らない造船所がわんさかと出来ている。
世界の需要には限りがあるのに、また、中国が凄い勢いで追っかけているのに、韓国はなぜこんなに拡張したんだろうか?私の素朴な疑問にS社長はため息をつきながら、「それが韓国なんですよ。好調な事業には皆が参入しようとする。優秀な経営者でも目の前の好景気に錯覚するんですね。銀行も後押しするし」。
数年前まで造船王国を謳歌していた日本は韓国との熾烈な競争で構造調整が進み、今は足腰の強いところだけが残っている。韓国も同じ試練を経て、次の飛躍に繋がるのだろう。
S社長とは近くの刺身屋で懇親を深めた。さすがに地場の魚は美味い。「でも韓国人は粘り強いですよ。これまで何回も不況を経験しました。今はじっと耐えていますが負けません」焼酎の勢いもあってかS社長の言葉は頼もしい。
確かに景気回復の兆候も出てきている。S社長の逞しい横顔を見ながら、統営にも春の訪れが近いことを心から念じていた。
おおにし・けんいち 福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。04年4月、韓国双日に社名変更。09年10月より韓国TASETO株式会社・専務理事。