ノンフィクション作家として著名な角田房子さんが、今年の一月一日、九十五歳で死去していたことが最近分った。私は三月中旬だと思うが、ご遺族の方から突然、「偲ぶ会」を四月十日に東京会館で開くという案内状をいただき、この悲報を知った。
角田先生の晩年の歴史三部作といえば、①朝鮮王朝末期、日本の出先機関が主導して国母を殺害した事件を扱った『閔妃暗殺』、②禹長春博士の運命を描いた『わが祖国』、③戦後サハリンに朝鮮人を放置した国家責任を追及した『悲しみの島サハリン』を指す。なかでも『閔妃暗殺』は、日本国内はもちろん韓国の人たちにも強い衝撃を与えた作品で、その他、閔妃の写真の真偽についても論議を呼んだ。少なくとも一国の王后を白昼、王宮に乱入して惨殺するといったことは想像を絶する野蛮な犯罪だ。だが、これも日本帝国主義が韓国を強引に植民地にする過程で行われた厳然とした歴史的事実なのである。
残念ながら日本では一般的に、過去の歴史に対して無関心か、歪められて伝わる傾向が強い。今後の韓日両国の友好と親善のためにも所謂「歴史認識」の落差を埋めることが重要である。こうした観点から私は著者の角田房子先生に対してずっと畏敬の念を抱いてきた。先生の作品に取り組む態度は、徹底した資料収集、丹念な取材と綿密な検証、ご自分がまず納得して初めて執筆なさることなどはよく世間に知られている。なお、先生は酒豪、愛煙家(後に禁煙)であり、また、生涯、病気らしい病気に罹ることなく、健康に恵まれ、天寿を全うしたことは何よりの幸せであったと思う。
私が、角田房子さんに初めてお目にかかったのは、九十年代の半ば、「壬辰倭乱研究会」(代表世話人小川晴久、東大駒場を会場にして七年続いた)の場であった。それ以来長いお付き合いをさせて頂いた。因みに私は、壬辰倭乱の歴史に以前から強い関心があって研究会に参加していたが、角田先生は『悲しみの島サハリン』の出版後、豊臣秀吉の朝鮮侵略をテーマにした作品を執筆することに決め、その勉強のために参加なさったのである。当時、多くの参考文献を読み、たびたび韓国に取材に行ったりして随分と張り切っておられた。ときには、私に壬辰倭乱について、例えば、小西行長という武将をどう見るかについて質問することがあった。これに対して私も一生懸命答えてきたと記憶している。何しろ壬辰倭乱(豊臣秀吉の朝鮮侵略)の対象は膨大で、これを纏めるのに先生はずいぶんと苦労が多かったに違いない。今更言ってみても詮ないことだが、先生が逝かれたことによって豊臣秀吉の朝鮮侵略を題材にした、この大作はとうとう幻の作品に終わった。多くの人たちがこの出版に期待をかけていたのだが甚だ残念。何よりも故人の無念を思わざるを得ない。
私は今、とても大事な方をなくしたという寂しさから逃れることが出来ないでいる。謹んで角田房子さんのご冥福を祈るものである。合掌。
チェ・ソギ 作家。在日朝鮮人運動史研究会会員。慶尚南道出身。最近の著書に『韓国歴史紀行』(影書房)などがある。