「ケンちゃん、ケンちゃん」。初めて韓国に来た時の事だが、盛んに小さい頃の私の愛称で呼ばれるので戸惑った。思わず「ハイッ」と答えるが、どうも私を呼んでいるわけではなさそうだ。「ケンチャンナヨ」つまり「大丈夫、気にしないで」という意味でよく使われる韓国語だと同僚の社員が後で教えてくれた。
「ケンちゃん」という名前はいかにも子供っぽいので、韓国ではKENで通している。「KENさん」と呼ばれると、一瞬、二枚目大スターの「高倉健」になったように錯覚することがあるが、口の悪い同僚には「志村けん」を想い出すと言われた。
最近、釜山の街角で「ケンちゃん」にお目にかかった。正確には「ケンちゃんカレー」だが、ご主人の名前からつけたらしい。日本人のご夫婦が数年前に上陸して、今や釜山の名物カレー屋さんとして人気の店である。カレー専門に徹していて、他のメニューはおろか、お酒類も一切ない。それだけに味は本物で、食事時は早く行かないと列の後方に並ぶことになる。
ところで、釜山にはなぜか「ちゃん」のつく可愛い名前の店が多い。ソミョン(西面)のロッテホテル裏には「ゆきちゃんカレー」。日本人のご主人は元大手船会社の船員という異色の経歴だが、そう言えば、自慢の「海産物コロッケカレー」には大海原の香りが満ちている。ちなみに「ゆきちゃん」は愛娘の名前で、目下、ゴルフの女子プロを目指して特訓中らしい。美人ゴルファーのグレース朴の実家で有名なソウルの焼肉店「サムウオン・ガーデン」の再現を期待しよう。
駐在員の溜まり場になっている居酒屋「ボンちゃん」は狭い店ながら本格的な日本の味が楽しめると評判でいつ行っても満員。「ボンちゃん」ことハ・トクボン社長はまだ若いが、福岡で磨いて来た腕が味にうるさい駐在員を惹きつけている。
会社の近くにあるのは「チョングクチャン」。おっと、これは料理の名前でした。韓国風の納豆汁の事で日本人にはちょっと強烈な匂いが気になるが、ここのは結構いける。こじんまりとした庶民的な店には「昔は美人」の栄養豊かなアジュンマ(オバサン)が3人で愛嬌をふりまいていて、常連の私にはバンチャン(おかず)をいつも多めにサービスしてくれる。ここの「コンビジ」(オカラ料理)は唐辛子がほどよく効いていて実に美味い。
先日、「コンビジ」の上に小さな黒いモノがトッピンングされていたので、よく見ると「モギ」(蚊)でした。「これは新製品ですか?」私の意地悪な質問に巨体をゆらしながら飛んで来たアジュンマは「それは無料サービス」。ニッコリ笑いながら「サービス品」を無造作に箸で摘まんでポいと捨てた。慣れた手つきだった。
おおにし・けんいち 福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。09年10月より韓国TASETO株式会社・専務理事。