前回、私が学生時代に学んだハングルの母音について書いた。基本母音十文字、ア、ヤ、オ、ヨ、オ、ヨ、ウ、ユ、ウ、イ。(紙面の都合でここにハングルを書けないのがとても残念だ。)ここまではよいが、次の二重母音、エ、イェ、エ、イェ、ワ、オェ、ウェ、・・・・が十一文字、合わせて母音が二十一文字、となると、このあたりで「難しい!」と感じる人が多いようだ。でも学生の頃の私にとっては、積年のハングルへの渇望がようやく満たされる歓びの方が大きかった。難しいということさえ、なんだかうれしいことだった。
母音の形は天(・)地(―)人(|)の要素からなり、陰陽思想に基づいているのだそうだ。天(太陽)が地の上にある文字、また天(太陽)が人の東(右)にある文字は陽母音、地の下、人の西(左)なら陰母音、つまり日の出を表す文字は陽、日の入りを表す文字は陰というわけだ。二重母音は難しいけれど、陽母音は陽母音どうし、陰母音は陰母音どうしで組み合わされる、ということを知っておくと、案外簡単に覚えることができる。
さて、今では天(・)は点ではなく、地(―)と組み合わされるときは短い縦棒、人(|)と組み合わされるときは短い横棒で表される。だから天・地・人の要素というのは昔々「訓民正音」が制定されたときの古い話とばかり思っていた。ところがなんと、韓国のケータイメールは文字を打ち込む際に、この天(・)地(―)人(|)を使って母音を打ち込むのだという。二十一個の母音すべてが、この三つの要素の組み合わせなので、三つのキーだけで母音を打ち込めるのだ。おもしろそう!と思って、私も一度は韓国製のケータイを入手し、実際にハングルメールを楽しんでみた。(そう、日本でも扱っている携帯電話会社はあるのです。)なるほど!文句なしに簡単だった。
学生時代、私にハングルを教えてくれた在日の先輩は、いつも「こんな合理的な文字はない!」と自慢げに話していたけれど、ITの時代になってもそれは通用したということだろう。
次は子音の学習だ。合理的といえば、この子音の文字の形がまた合理的だ。それぞれ、舌が曲がった形とか、舌が口蓋や歯の裏についた形、閉じた口の形を表す形(口の形を表す・・・・つまり漢字の口とそっくり同じ形!)などからできているのだから。音声学の教科書には人の横顔の断面図が出てくるが、まさにその一部をなぞったような具合なのだ。文字が発音の仕方を教えてくれているのだから、覚えるのは簡単。「キヨク」「ニウン」「ティグッ」「リウル」「ミウム」・・・・といった文字の名前もぜひ覚えてほしい。
母音にせよ子音にせよ、ハングルが理知的な文字であることに驚く。長い年月をかけて多くの人によって少しずつ生み出された文字ではなく、一四四六年、世宗大王のときに「作られた」文字であればこそ、ということなのだろう
カン・ヨンジャ 1956年大阪生まれ。在日2.5世。京都大学大学院文学研究科東洋史学専攻、修士課程修了・博士課程学修退学。小学校非常勤講師。京都市人権文化推進懇話会委員。メアリ会(京都・在日朝鮮人保護者有志の会)代表。著書に『私には浅田先生がいた』(三一書房、在日女性文芸協会主催第1回「賞・地に舟をこげ」受賞作)