韓国では伝統衣装のことを「ハンボク(韓服)」といっている。女性のは周知のようにチマチョゴリで、チマはスカート、チョゴリは上着だ。男の背広にもチョゴリということがある。料理屋などで「チョゴリをお脱ぎになって?」といわれることがある。
しかし近年、女性のチマチョゴリを見かけることはきわめて少なくなった。以前は旧正月(ソル)や秋夕(チュソク)などには、帰郷女性などチマチョゴリを着ていた。そんな姿がバスや鉄道のターミナルではたくさん往来していた。
それが今やどこに行ってもさっぱり見ない。結婚式や音楽会、入学・卒業式 その他、家族の集いをふくめ、いろんな行事やイベントでもきわめて少ない。実にさびしい。
ロッテホテルなど、以前はロビーでチマチョゴリが出迎えてくれたが、それも最近、あまり見かけない。あれだけ「観光韓国!」を叫びながら、ホテルがチマチョゴリの韓国情緒を十分に利用、活用しないのが不思議だ。チマチョゴリなくして何の韓国情緒か!外国人観光客はみんなチマチョゴリを見たがっているというのに。外国人にとってさらに不満は、韓国料理のお店でチマチョゴリがほとんどいないことだ。ところによっては“簡易韓服”みたいなユニフォームを着せているが、できればちゃんとしたチマチョゴリにしてほしい。
とくに高級で伝統的な“韓定式”の店になぜチマチョゴリが出ないのだろう。日本では、それなりの和食の店の女性従業員はみんなキモノ姿だというのに。外国の賓客を接待する高級な“韓定式”のお座敷でミニスカートなど、興ざめもはなはだしい。世界に売り出し中の韓国の食文化が泣くというものだ。
しかし、そこに行けば必ずチマチョゴリの情緒を味わえるというところがあった。いわゆる「キーセン料亭」だ。チマチョゴリの女性がそばに座ってお相手してくれる料理屋である。
キーセン(妓生)とは昔は官製の接待要員だったから、歌舞音曲、詩文にも秀でていたというが、近世以降は大衆化した。日韓間では以前、「キーセン観光」という言葉があった。地元はもちろんだが、日本の観光客(男)も、プラスアルファの情緒を期待してキーセン料亭によく足を運んだというわけだが、この「夜のお遊び」イメージが接客業でのチマチョゴリの社会的評価を下げる結果になったようだが。
しかし時代は変わったはず。日本人観光客だって今や男より女の方が多いのだから。外国人はチマチョゴリが出てくるお座敷で韓国料理をじっくり味わいたい。
数少くなったキーセン料亭で、日本人客も多かった老舗「梧珍庵(オジナム)」が最近、閉店した。キーセン料亭の没落を象徴しているが、それだけに韓国料理屋でのチマチョゴリの復活は切に望むところであります。
くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。