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2010/10/15

<随筆>◇韓国のトッケビ◇ 広島大学 崔 吉城 名誉教授

 私は子供の時、トッケビの話をよく聞いた。韓国人に最もなじんでいるトッケビは昔話に登場する意地悪な霊的存在である。日本の鬼よりは楽天的で大変悪戯好きな霊的存在で、また、人間を脅かすこともある。悪意はないが、いたずらが好きである。いつも人をからかったり、旅人を転ばせて通さないと言ったりする。トッケビは人や動物の形状をしており、不思議な棒を持っており、非常な力と不思議な才能を持ったおばけである。捨てられたり使われなくなったりした箒、草履、火箸、すりこぎ、殻竿などに少女の血を塗って逆さまに立てるとトッケビに変身すると言われており、箒などを逆さまに立てるとトッケビになると注意を受けることがある。その変身が小松和彦氏によれば日本では東北地方の付喪神(つくもがみ)と似ている。

 トッケビは夜になると古い井戸、凶家、城跡などに出てきて遊んで明け方、鶏が啼いたり鐘が鳴れば消える。特に雨がしとしと降って暗くて湿っぽい夕方に森の中の墓地のような所によく現れるという。朝鮮の民話にはユーモラスでグロテスクなトッケビの話が多い。日本の鬼は、角があって肌が赤色や青色で、怖く、人に直接的な被害を与えるが、韓国のトッケビはいたずら好きで、悪人をからかい、善人には魔法の杖のよう棒を持って、富と天の恵みで報いてくれると言われており、親しさも感じられる。人間と一緒に遊びたがり親しく過ごそうとする。また、怒りっぽく、体面を重視し、猜疑と嫉妬も多く、ちょっと愚かなところもある。 酒、話、歌、相撲などが好きで、赤い色を嫌う。トッケビはバカ正直なところがある。

 昔話にある老人がトッケビを招いて酒を与え、「あなたは何が一番怖いか」と聞くと、トッケビは「血が怖い」と答えた。老人はトケビの悪戯性を知っていたので「私はお金が怖い」といった。トッケビは悪戯でお金がたくさん入った袋を持ってきて、老人に投げた。老人は町で最も金持ちになったという。トッケビには大きな弱点がある。独脚鬼とも呼ばれる、脚が一つしかないので不安定である。相撲がとても得意であるが、人に負けることがある。トッケビに人が勝つためには足をひっ掛けて押せばいい。

 今、百貨店やホームセンターを回りながらトッケビはすでに去っていったと思う。夜も不夜城になり、欲しい物は何でもある百貨、雑貨時代にトッケビは入らないか。ユーモア、強さと弱点、バカ正直、いたずら、しかも恩恵を忘れない倫理性を見せるトッケビがなくなるのは寂しい。私はトッケビの愚かでバカ正直で融通性がないところに関心を寄せている。トッケビのようにユーモラスな人、そして強力な力と才能を持っている人に魅力を強く感じているからである。何でも合理的で計算高い冷淡な現代社会の人間関係において、私はトッケビのような人間像を望ましく思っているである。


  チェ・ギルソン 1940年韓国・京畿道楊州生まれ。ソウル大学校卒、筑波大学文学博士(社会人類学)。陸軍士官学校教官、文化広報部文化財常勤専門委員、慶南大学校講師、啓明大学校教授、中部大学教授、広島大学教授を経て現在は東亜大学教授・広島大学名誉教授。