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2010/10/22

<随筆>◇引っ越し◇ 韓国TASETO 大西 憲一 専務理事

 丁度1年前にソウルから釜山への引っ越しで大変苦労して、「もう引っ越しは絶対しないぞ」と心に誓っていたが、先日、諸般の事情で引っ越した。昨年、ソウルのアパートを引き払うときは本当に大変だった。単身生活とは言え、さすがに14年も住んでいるといろんなモノが溜まりに溜まり、その整理だけで死ぬ思いをした。性格的に「モノを捨てる」のが苦手だ。思い切りが悪いのだ。女性関係でも自ら捨てた記憶はない。捨てる前に捨てられている。

 ところで韓国人にとって引っ越しは日常茶飯事で、ソウルの住民は平均1年に1回以上は引っ越すと聞いたことがある。

 かなり昔の話だが、アパート(日本でいうマンション)が毎年、すごい勢いで値上がりしていた時代に、安いところを買って値上がりしたら一段高いアパートに順次、買い替えていく、という韓国式財産形成方程式が成り立っていたからだ。でもこれは過去の話になりかかっている。供給過剰でアパートの価格が頭打ちになって来たからだ。それどころか、アパートが完成しても入居者が埋まらないという非常事態が方々で起こっているらしい。アパート神話が崩れかかっている。不動産バブルで破綻した日本経済の二の舞にならなければ良いが。

 今回は引っ越しと言っても同じアパート内の3階から13階への移動に過ぎないが、古いアパートのエレベーターは小さくて、大きな家具などはサダリチャ(はしご車)の世話になるので、結構大がかりな引っ越しとなった。今でも足腰が痛い。

 でも苦労した甲斐があって13階はさすがに見晴らしが良い。眼前に広がる広安里(クァンアンリ)ビーチ。釜山名物の「広安大橋」別名「ダイアモンドブリッジ」も目の前で、夜ともなると七色にライトアップされて幻想的な虹の世界に導いてくれる。

 実は13階の元住人は最近、日本に帰国したうら若き美人で、その残り香がまだ充満している(ような気がする)。浴室はピンクで統一されていて、入るたびに妙に胸が高鳴る(ような気がする)。でも、シャワーの出がちょっと悪いのが気になって管理人にクレームした。

 「何でも古くなると勢いが無くなりますよ。まして上の階ですから」日ごろから冗談を言い合っている管理人に適当にあしらわれた。「古くなると勢いが衰える」を実感しているだけにこれ以上の深追いが難しい。

 引っ越した翌日にショッキングなニュースが飛び込んできた。近くの海雲台(ヘウンデ)の高層アパートで火事が発生、消火も遅れて大惨事になるところだった。相次いで建設されている高層アパートでの火災の怖さが浮き彫りになった。消防車の放水は15階が限度だと言う。

 「では13階は大丈夫だね」「消防車が古くなかったらね」管理人からまた意地悪な返事が返って来た。


  おおにし・けんいち 福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。09年10月より韓国TASETO株式会社・専務理事。