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2010/11/05

<随筆>◇続報・イモ時代の真実◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 しばらく前、このコラムで「イモ大好き」という話を紹介した。「イモ」とはお芋さんのことではなく、「おば」のことで、それも母方のおばさんを意味する韓国語だ。

 韓国は血縁重視の社会だから親戚の呼称が複雑である。韓国語を習いたてのころ「オルケ」など大いに戸惑った。兄弟の嫁同士の呼称だが、韓国人との会話にこれが登場すると今でも一瞬、頭のコンピューターが止まってしまう。

 外国人にはこれが一苦労だ。ボクの机の前の壁には、今もこうした血縁呼称の一覧表が貼ってある。

 韓国での親戚呼称で重要なのは父方、母方で違いがあることだ。漢字では「おば」は父方は「伯母」で母方は「叔母」と書き分ける。だから日本でも本来は区別していたのだろうが、今はみんな「おば」で済む。

 しかし韓国ではしっかり区別していて、母方の「イモ」に対し父方は「コモ」という。このコモとイモは、以前は父方のコモの方が有力で親しかったのだが、最近はイモの方が人気があり「イモ時代」になっているという話である。

 父方より母方との往来が増えた結果だが、これは母つまり女が強くなったためということもできるし、父系社会の伝統の後退を意味する。

 そこで街の風景として近年、若い男が飲食店などで中年の女性従業員(アジュモニ、アジュマ)に対し「イモ!」と呼びかけるケースが見られる。一種の親しみの表現である。これを見てボクも「これはいける!」と思い、チャンスを狙っていたのだが、最近、それをやってみてひどい目(?)に遭ったという友人がいた。

 語学留学時代の友人で、日本で退職後、韓国の大学で教えている五十代後半の男の話だ。彼も「イモ!」に感動し、さる一杯飲み屋で試しに「イモ!」とやったところ「あんた何なの!あんたにイモといわれるほど年寄りじゃないよ!」と本気で叱られたという。

 これは面白い。「イモ!」は、母方のおばさんに若いオイっ子やメイっ子が甘えたように(?)言ってこそ感じが出る。本当のイモなら年齢は関係ないが、それを、見ず知らずの五十代の男にいわれたのでは「チングロウォ(気色悪い)!」である。

 二人して大笑いになったのだが、お互い語学留学時代の“韓国語探求”の昔話に花が咲き愉快なひと時だった。

 その結果、「やはり声賭けはオンニに限るねえ」となった。日本人にも広く知られる「アガシ(娘さん?)」は近年、差別的なニュアンスで受け取られ使いにくくなっているため、それに代わるものとしては「オンニ」が便利というわけだ。

 「オンニ」は本来、姉に妹が言う呼称だが、中年男がいうと可愛い。アガシもアジュマもにっこりだ。皆さんぜひ使ってみてください。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。