「戦争が始まったで!」釜山からの快適なKTXの旅を終えてソウル駅でタクシーに乗った途端、キサニム(運転手)が興奮した口調で話しかけてきた。「いつもの脅しでしょう」軽い気持ちで答えたが、車内のラジオ放送はいつもと様子が違う。キサニムが解説してくれた。
「先ほど、ヨンピョンドにブッカン(北朝鮮)が大砲をガンガン撃ち込んで、民間人もやられた」「ウリナラ(我が国)も反撃しているので戦争になりそう」。ヨンピョンドがどこかはっきり分からないが、北との国境の近くらしい。
これは確かに今までとはちょっと様子が違うようだ。エライコッチャ。よりによって大変な日にソウルに来たもんだ。本格的な戦争となるとソウルはすぐに火の海。逃げる暇などなかろう。直ちに釜山に引き返したい衝動に駆られたが、仕事を放ったらかすわけにはいかない。それに、まさか本気でやる気はなかろう。一人合点しながら客先への道を急いだ。
「日本人から見てどう思いますか?」典型的な日本人顔の私を見つけて、うら若い女性が話しかけてきた。名刺には某大手新聞記者とある。早くも街頭でインタビューをするとは、今回の衝撃の大きさが分かる。「ウーン、状況がよく分からないけど いつもの瀬戸際外交の一環ではないですか?これ以上の拡大はないと思いますよ。いや、そう願いたいですね」自信がないまま、当たり障りのないコメントでお茶を濁した。
翌日、釜山でのモイム(集まり)で隣に座った地元の友人が大声でまくし立てた。「こんな手ぬるい対応ではダメ!私は明日にでも軍隊に行くぞ」酒の勢いもあってか激しい口調に周りは圧倒された。
「こういう時は冷静にならんといかんよ」近くの長老が諌めたが彼の興奮はおさまらなかった。場の空気も彼に同調している。南北は今でも休戦状態にある事を痛感させられた。
事件直後は韓国への旅行客が若干減ったが、幸いにしてすぐに回復したようだ。今のところ、経済活動への影響もほとんど見られない。外国からは「一時的事件にとどまる」と見られているようだ。ただ、韓国が熱心に誘致していた2022年のW杯はカタールに持っていかれた。日本も敗れたわけだが、韓国内では今回の事件が敗因という意見も多い。
私も被害を受けた。実は国際的ピアニストであるリチャード・クレイダーマンの生演奏が12月3日に釜山で予定されており、私は大枚をはたいて2枚購入した。2枚の意味は想像にお任せしますが、期待に胸を膨らませていたところ、携帯電話に連絡が入った。「演奏会は中止となりました」。今回の事件で主役が来なくなったのだ。私の夢は砲撃でもろくも砕け散った。
おおにし・けんいち 福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。09年10月より韓国TASETO株式会社・専務理事。