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2011/11/25

<随筆>◇『鳳仙花』20年を振りかえって◇ 呉 文子さん

 同人誌『鳳仙花』が創刊20周年を迎え、去る10月22日、東京ガーデンパレスにて記念の集いをもった。

 創刊号が誕生したのは91年1月25日、ドイツが統一を成しどけた翌年の早春、長い冬に耐えて春はもうそこまで、といった胸の膨らむ想いにかられていたことをいまも思い出す。創刊号は、在日女性たちが日々の暮らしの中で感じる喜びや悩みなどといった生活風景を綴ったわずか70㌻ほどの小冊子だった。発行と同時に、全国から寄せられた手紙には「女性たちにも、こんなマダン(広場)があるのね」と小誌に寄せる期待の大きさに、私たちはどんなに勇気を得、使命感に燃えたことか。

 当時在日の女性たちが文字を書くことは、普通とは言えない頃で、女性たちが発行する同人誌は皆無だった。李良枝さんが在日女性として初めて芥川賞を受賞し脚光を浴びていたのが二年前のこと、稀有な在日女性として印象深く、眩しく映ったものだ。『鳳仙花』は、文字をもたないオモニたちの過酷な人生を、親の背中を見て育った二世たちが代わって綴った「身世打鈴」が多くの誌面を占めていた。決して洗練された文章ではないけれど、むき出しの荒々しい生活がそのまま綴られていて、それが読者の共感を呼び起こしたのも事実である。「私の苦労話も載せて」、と、地方からも原稿が寄せられるようになり、そこで私たちは、地方での読者獲得や同人発掘の拠点づくりに励み、発行部数も当初の200部から1000部に広がっていった。

 20年を経て、在日社会も様変わりし、女性たちの意識の変化にも大きな波を実感せざるを得ない。タブー視されていた帰化問題や国際結婚のことなども寄稿されるようになり、親子間の軋轢やギャップなど、在日の多様な生き方、暮らしぶりが誌面に投影されるようになった。また、在日が二分化されていた長い社会状況のなかで、政治やイデオロギーに翻弄された過去を、人権の視点で捉え直そうと自身を振り返ってみる文章も寄せられ、人権という視点で考える契機ともなった。

 この間、同人の金真須美さん、金啓子さん、李優蘭さんたちがさまざまな文学賞を受賞して文壇デビューを果たした。そして小誌も号を重ね25号発行にまでこぎつけた。この25冊はまぎれもなく、在日女性の生活史であり女性史そのものである。来年、韓国で訳書が出ることになっている。私たちが誌名に託した願い通り、同人から読者へ、読者から新しい読者へと女性たちが種を蒔き、つぶやき集と言われた小誌が、社会に向けて主張、提言する文芸同人誌へと変化をもたらしたのである。

 振り返れば、熱い想いだけで舟出したあの日から二十年、多くの読者や同人たちに励まされながら、誌面を通してさまざまな人生を共有し、知ること学ぶことの多い日々だった。これからも新編集長を主軸に、しなやかに、したたかに新種の『鳳仙花』を咲かせてみたいと思う。


  オ・ムンジャ 在日2世。同人誌「鳳仙花」創刊(1991年~2005年まで代表)。現在在日女性文学誌「地に舟をこげ」編集委員。著書に「パンソリに思い秘めるとき」(学生社)など。