行きつけのカウンターバーの飲み友達に、読書家でずいぶん博識の韓国人がいる。ソウル生まれソウル育ちのソウルっ子で、年は六十そこそこ。京畿高からソウル大を出たエリートだが、遊び心が強かったせいか世俗的出世には縁がなく、今はぶらぶらしている。先日、雑談のおり雅号の話になった。「実は以前、友人から雅号を贈られたことがあるのだが、クロダ記者もいい歳になったのだから雅号をもってはどうか」というのだ。
「エーッ!名の知れた文人、画家でもないのにそんな気恥ずかしいことなど 」とテレてしまった。しかし聞くと韓国では無名人でも結構、そんなお遊び(?)をやるらしい。
そこで「どんな雅号をもらったの?」と聞くと、こちらがテレて謙遜したせいか「いやあ、それは、まあ、いいじゃないですか 」といって教えない。結局、有名人の雅号に話題は転じ、お互い知っている雅号の披露となった。
まず歴代大統領で巨山、後光、日海、雩南 。誰か分かるかな?正解は金泳三、金大中、全斗煥、李承晩 。朴正熙は奥ゆかしいから(?)雅号など無いし、盧泰愚は名前の「泰愚」そのものが雅号的だ。
歴史的人物では白凡(金九)、島山(安昌浩)、古堂(曺晩植)など。東亜日報創設者の金性洙の「一民」は美術館の名前になっている。
文学者では春園(李光洙)、六堂(崔南善)、未堂(徐廷柱)など。現代政治家では先年、亡くなった知日派の金潤煥の「虚舟」が以前よく新聞に登場していた。
経済人で湖巖は三星の李秉喆、峨山は現代の鄭周永という財閥創業者。「湖巖アートホール」とか、対北事業の「現代峨山」でよくニュースにも登場するのでなじみだ。経済人など雅号が好きそうだから、ほかにも結構あるに違いない。
ハングル・ナショナリズムで漢字が冷遇されている韓国だが、さすがに雅号までハングルというわけにはいかないようだ。漢字文化へのあこがれは残っている。
ところで日本では雅号にはそんなに関心はないようだ。すぐに思い出せるものがない。先の飲み友達から「日本ではどんな雅号があるの?」と聞かれて困った。そういえば文豪の夏目漱石や森鴎外などに雅号があったかな?ただ「漱石」や「鴎外」自体が雅号的で、ぼくらもこれを通名としてよく使っている。こうしたペンネームが雅号になっているということかもしれない。
しかし韓国のように政治家などではあまり聞いたことがない。ましてや経済人など関心はないだろう。韓国人の雅号好きは”文民社会“の伝統のせいだろうか。くだんの友人は「クロダ記者にはこんなのがどうだろう?」といくつか書いてくれたが、これまたテレくさくて、ここでは紹介ははばかられます。
くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。