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2011/01/21

<随筆>◇餅文化◇ 広島大学 崔 吉城 名誉教授

 東アジアの中国文化圏では陰暦の正月を祝う。今年の陰暦の正月は2月3日である。正月の儀礼食として稲作文化の象徴的な「餅」について考えてみる。

 日韓において米を食べるようになったのは二千数百年前の弥生時代以降である。豊作を祈る予祝から種まき、田植、草取り、鍬洗い儀礼、早魃時の雨乞い、灌漑、稲刈りから脱穀、収穫儀礼としての穂掛け、稲の初穂を神様に供える儀礼、宮廷の行事である神嘗祭、綱引きなどなど稲の栽培過程の折り目ごとに行われる諸儀礼全体まで似ており、同様な稲作文化圏であることは言うまでもない。しかし細かく見ると同じではない点もある。その中で最も根本的な年中行事とか民俗信仰を形づくる基盤、一種の祭式などには違いがある。

 私は十年ほど前に沖縄、韓国、中国、台湾、東南アジアの稲作文化圏を調査しながら歩き、餅を調べたことがある。イネや雑穀などには粘り気のある種類がある。イネには餅米(糯米)と粳米があることは周知だろう。私たちが常食にしている米は「うるちまい」(粳米)である。私は中国の南部の少数民族の中には、餅米のご飯として常食するところもあることを確認した。しかし、神に捧げるためにはもちごめ(糯米)で餅を作る。日本は朝鮮半島より糯米の使用率が高いという調査報告は戦前にも出ている。朝鮮半島でも南部地域ほど糯米の使用率が高いが、日本よりは低い。

 日韓において正月に神に捧げる餅の材料は根本的に異なることが解った。それは学習院大学の名誉教授の諏訪春雄先生の研究グループで稲作文化と芸術に関する調査をしていて得たものである。日本では基本的に餅は糯米で作るが、韓国では餅であっても糯米で作らず粳米を多く使う、これはどうしてなのかと疑問を持った。日本では正月の鏡餅を糯米で作る。韓国、朝鮮で正月のハレ食のカレトック、トックボッキなどの餅は粳米で作る。シャーマンの儀礼用や秋収感謝儀礼の告祀(こさ)用の餅も粳米の粉を蒸して作る。

 儀礼用の餅は韓国・朝鮮では米粉を蒸して作るのが一般的である。日本では餅米でご飯を炊いてからつく。また沖縄では糯米を粉にして水に漬けておいてから揉んで作る。このように作り方が異なる。朝鮮半島が粳米、米粉、蒸す方法である反面、日本は糯米、粒、炊くなどの方法で作る。ここで解ることは南に行くほど糯米、粘り気が濃くなることである。京都大学の農業学者の中尾佐助氏の説によると粘り気の高い芋文化の影響だという。それから推測できるのは朝鮮半島の粳米と粉の文化は北方の麦と粉文化の影響であると言える。

 私は朝鮮半島と日本が餅文化において大きく異なることを発見した。日本では納豆や昆布、オクラ、長芋など粘り気のある食品が好まれることも理解できた。私は餅と納豆の粘り気は苦手である。


  チェ・ギルソン 1940年韓国・京畿道楊州生まれ。ソウル大学校卒、筑波大学文学博士(社会人類学)。陸軍士官学校教官、文化広報部文化財常勤専門委員、慶南大学校講師、啓明大学校教授、中部大学教授、広島大学教授を経て現在は東亜大学教授・広島大学名誉教授。