日本に帰ると、いの一番に書店に駆け込むが、今回は評判の姜尚中・東大教授著「母~オモニ」をゲットして一気に読破した。姜教授と言えば政治経済だけでなくいろんな分野で活躍されていて、その鋭い分析とは対称的なソフトな語り口は女性を含めて絶大な人気を誇っている。姜教授の自叙伝小説ともいえるこの作品は、韓国より日本に渡ってきてからのオモニをはじめとする一家の壮絶な苦難の歴史と、その中での逞しい人生が生き生きと躍動していて私の胸を打ち続けた。境遇は全く違うが、戦争で早々に夫を亡くし女手一つで3人の子供を育て上げた私のオモニの姿がダブって、余計に胸を締め付けた。オモニは今年92歳で、足腰だけでなく記憶力もかなり弱っているが、いつまでも私の心の支えである。
書店の最前列に並んでいた話題作「KAGEROU」も買ってみた。同書はイケメン・タレントの水嶋ヒロの処女小説で「1Q84」を超えるベストセラーとの鳴り物入りだが、私が昨年出版した随筆集は数千部の売り上げにも苦労しているというのに、発売前から何十万部の予約とは一体どういう事だ 。多分、名前だけで売れているが内容は大したことなかろう とやっかみ半分で読みだして驚いた。ドナーをテーマにしたストーリーも斬新で、悔しいかな面白い。私が悔しがる必要は全くないのだが 、これも一気に読み終えた。
ところで、私の無謀な出版を聞きつけた多くの方々からたくさんの批評を頂いた。前勤務先のシンクタンクの役員で今やテレビでも人気の某エコノミストからは、「真っ向からの上手投げでなく、下手投げで攻めているね」。やはりプロは表現がうまい。韓国経済の第一人者で、今や業界で引っ張りだこの某大学女性教授からは、「実は韓国はコミカルなことが多い国なのよね」と賛同をいただいた。長くベストセラーを続けている、たがみようこさんのコミック本「ソウルで新婚生活」がこれを証明しています。
中学時代の恩師からの久しぶりの手紙には感動した。彼女はずけずけとモノを言う男勝りの先生でよく叱られたが、私はほのかな恋心を抱いていた。先生が学年途中で結婚のため学校を去る時は、裏山で号泣したものだ。「行ったこともない韓国だけど、嫌な話、辛辣な話が一切なく、親しめる韓国人が描かれていて、なかなかいいよ。でも、次はもう少し芯のあるものを」昔と変わらぬ歯に衣着せぬアドバイスに、「ハイ、先生。すみません」と思わず頭を下げていた。
実はいの一番に書店に行った理由は他にもある。そうです。恥ずかしながら、「お前の本がまだ店頭にあるかどうか見たくないか」という悪魔のささやきに負けたのです。さりげなく、そしてしぶとく探しましたが、見つかりませんでした。「本は生鮮食料品と同じで賞味期限がある」と聞いたことがあるが、もう賞味期限が切れ?「まだ食べられますよ!!」
おおにし・けんいち 福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。09年10月より韓国TASETO株式会社・専務理事。