歩きました。歩きました。一人でテクテクと3時間以上も歩きました。
釜山へ来てから仕事&酒の毎日で体がすっかりなまっていたが(ソウル時代も同じだが)、先日の土曜日は久しぶりの五月晴れ陽気に誘われて思わず家を飛び出した。目的地は「ヌリマル」。まるで伊賀の忍者のような名前だが、韓国語で「ヌリ」は世界、「マル」はサミット。2005年のAPECの会場として風光明媚な海雲台の険しい岸壁に突き出るように作られた円形の瀟洒な建物で、今は釜山名所の一つになっている。
「ヌリマル」は広安里ビーチ沿いにある小生のアパートから海の向こうに霞んで見えており、いつも気になっていた。直線距離なら10㌔位だが忍者ではないので海上は歩けない。でも海岸沿いに歩いても2時間位だろうとタカをくくって出発したがこれが大誤算。まず、カップルや家族連れで賑わうビーチから刺身センターを抜ける。この界隈には活魚を売り物にしている刺身屋が無数にあるが日本の原発事故のせいか客足は良くない。「オソオセヨ」(いらっしゃい)。呼び込みのアジュンマ(オバチャン)から一斉に声がかかるが「ごめんなすって」と先を急ぐ。
最初は忍者のように快調な足取りだったが、水営江にたどり着いた頃には初夏の強い日差しを受けて汗が滲んで来て、スピードも極端に鈍って来た。海辺には中年のグループが刺身と焼酎でのんびりと酒盛りを楽しんでいる。津波を知らない釜山の平和な光景だ。
川を渡ってまっすぐ行けば海雲台の市街地に出るが、旅を急ぐ私は海岸沿いの最短距離を狙う。ここには目下建設中の72階建ての「アイパーク」など超高層アパートが林立しているが、この一帯だけで3400所帯の超高層高級アパート団地が造成されると言う。こんなに多くの豪華アパートを作って入る人はいるのだろうか?余計なお世話かな。
途中のシネマテイック釜山でトイレ休憩したが、そこには世界各国の有名映画監督にまじってビートたけしの手形も飾ってあった。手を合わせて見ると指の短い私よりもさらに小さい。ちょっと嬉しくなった。
ようやく「ヌリマル」に着いた時はゆうに3時間を経過していた。汗びっしょりだ。でも気分爽快。建物の中には当時の写真や資料が一杯詰まっている。プーチン大統領や小泉首相を迎える盧武鉉前大統領のにこやかな笑顔。彼の絶頂時代だ。「カスムアッパヨ」(胸が痛いな)隣にいた見学者が呟いていた。ここを訪れる誰もが地元・釜山出身の前大統領の勇姿と悲惨な最期を想い出すことだろう。
現役時代は厳しい批判を浴びていた前大統領だが、その風評はヌリマルの眼下に砕け散る白波で風化され、今は懐かしさだけが人々の胸を締め付ける。韓国の歴代大統領の末路は悲しい。
おおにし・けんいち 福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。09年10月より韓国TASETO株式会社・専務理事。