またビビンバの話で申し訳ありません。以前、韓国での「ビビンバ世界化キャンペーン」に関し一言アドバイスしたことで物議をかもした者として、こだわりがあるのです。
最近、日本のさるメディアに「実はビビンバは“ビビルバ”が正解で、韓国には現在、両方がある」という話が出ていて首をかしげた。韓国語が分かる人は分かるが、「ビビン」と「ビビル」の違いは「混ぜる」という言葉の過去形と未来形の違いだ。だから前者はご飯と野菜など具がすでに混ざったもので、後者は食べるときに混ぜて食べるというわけだ。したがって普通、店で出てくるのは後者つまり「ビビル」だから「ビビルバ」が正解ということになる。
しかし実際は「ビビルバ」などといったメニューはない。そこで先のメディアがいっているように、本当の「ビビンバ」に当たるご飯と具を事前に混ぜて出す店があるのか、気になった。
しばらくしてビビンバの名所である全羅北道全州に行ってきたという友人がいて、ビビンバを食べたところ、ご飯の部分がすでにコチュジャン(唐辛子味噌)が混ぜてあって赤くなっていたという。もちろん野菜など具は別でご飯の上にのっていた。
なるほどそういうスタイルのビビンバもあるのか。日本のメディアに出ていたいわゆる“全州スタイル”のようだ。しかし野菜など具まで混ぜて出てくるわけではないので、二種類ということにはならないだろう。ご飯だけなら赤くなっていても問題はない。もしこれが全部混ぜて出てきたとすれば、とうてい食えない。ビビンバは食べる人が自分の好みで好きなように混ぜるから食べられるのだ。最初から混ぜたりコネあげたりしたビビンバだと食欲は出ないに違いない。
ところで「ビビルバ」などという“珍説”はどこから出たのだろう。どうもネットの世界で誰かが「混ぜて食べるのだから未来形の“ビビル”にすべき」と言い出したのが、ちょっぴり話題になったようだ。ビビンバに関わる言いがかりのようなものだ。「ビビルバ」などというメニューがあるわけではない。
ただビビンバにも最近、若干の工夫がみえる。たとえば一つの器にご飯や具を全部入れるのではなく、ご飯と野菜などを別にして出すスタイルがある。高級な会食などで見かけるが、これだと同じように混ぜて食べるにしてもそれほど“見苦しく”はない。
先に筆者がユーモア半分に“ビビンバ羊頭狗肉”論を書いて以来、いろんな人が意見を伝えてくる。先日も韓国の若い女性がソウルのビビンバ有名店で食べながら筆者のことを思い出したという。その感想は、やはり食べる前と食べるときの“美的格差”の大きさをあらためて感じた、だった。食べる前の美しい彩りがこわれるのを惜しむ韓国人もいるんですね。安心した。
くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。