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2012/05/25

<随筆>◇日本の底力◇ マッカン・ジャパン 大西 憲一 代表

 韓国から4年ぶりに日本を訪れたというKさんはかなり落胆していた。エンジニアの彼は韓国駐在20年のれっきとした日本人だが、今は韓国の中堅電子メーカーの役員として活躍している。独学で覚えた流暢な韓国語は現地の人と変わらない。美人で若い奥さんをソウルで射止めたときの武勇伝は何回も聞かされた。「ヨルボン チゴ アンノモカヌン ナム オプタ」(10回切りつけて倒れない木はない)という韓国の諺を忠実に実行したようだ。

 Kさんは今回、日本へのOEM輸出を狙って市場調査に来たのだが、4年の間に肝心の対象企業が軒並み生産拠点を縮小、または商売替えしており、当初の見込みがすっかり狂ったとの事。つまり、昨今の日本の事業環境では採算維持が難しくなり、生産拠点は中国などの第三国にドンドン移っている。日本企業はデザインなどソフトに特化するか、全く別の事業に活路を求めている。別に目新しい話ではないが、Kさんは厳しい現実を目の当たりにして大いなるショックを受けたようだ。

 一方、先日都内で「韓国投資環境説明会」が行われた。場所はかの帝国ホテル。韓国の投資説明会は珍しくないが、今回は6つの自治体に加え、サムスン電子、現代自動車など超一流企業による事業紹介も含めた、実にセレブな投資説明会だった。会場に入りきれないほどの日本企業関係者が集まったのは場所の魅力もあろうが、最近、韓国が日本企業にとっての投資先として再度見直されているという背景がある。

 韓国にいた時も地方自治体の投資セミナーにはよく誘われたが、「これだけ人件費が上がって、どこにメリットがあるの?」との見方が主流だった。この間までは日本から進出してくる製造会社は韓国内に巨大ユーザーを持つ自動車部品や電子部品などに限られていたものだ…が、最近はちょっと様子が違う。

 何が変わったのか?格安の電気代や法人税などの有利な投資環境?それもあるが、真犯人は韓国政府が強力に推進しているFTA戦略だ。すでにEUや米国とのFTAは発効した。中国とも交渉が始まる。EUとは3年以内に、米国とは5年以内に関税ゼロになる。これまで空や海の物流で成功したハブ戦略だが、今度はFTAハブ、生産ハブとして注目されてきた。将来は韓国で作った日本の自動車が欧米に輸出される?そこまではなかろうが自動車部品は拍車がかかろう。日本のFTAは遅れている。それに円高。日本の空洞化が深刻になる。

 「困ったな。日本はこれからどうするの?」。Kさんの焼酎のピッチが早くなった。「アーウー」返事に窮している私を無視してKさんは続ける。「第三国へ戦略変更するしかないか…。でも日本のモノ作りの技術は最高。技術者の一人として私は日本の底力を信じている」。Kさんはやはり日本人だった。


  おおにし・けんいち 福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月新・韓国日商岩井理事。09年10月より韓国TASETO専務理事。2011年9月よりマッカン・ジャパン代表。