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2012/06/01

<随筆>◇麗水エキスポの食い気◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 麗水エキスポが開幕した。麗水は韓国南部の多島海に面している。裏手の方には大規模な化学コンビナートがあり日韓の合弁企業も多い。ビジネスマンにはこちらの方が麗水のイメージだが、エキスポ会場は旧市街というか港町の方だからありがたい。多島海なので日本の瀬戸内海を想像すればいい。当然、海の幸が豊かだ。韓国のことわざ「金剛山もメシの後」―つまり「腹が減っては戦はできぬ」式で、エキスポの見ものをよそに、食い気の話を紹介したい。

 この季節、海の幸でいちばん人気は小さなタイのかたちをした「クンピョンソニ」。その塩焼きを屋台でやっていて実にうまい。これを手でもってはらわたごとむしゃぶり食う。焼き魚好きの日本人向きである。

 この魚には地元で「セソバンコギ」という別名がある。「花婿(セソバン)魚(コギ)」というわけで、嫁には食わせられない美味しい魚だそうな。日本では「セトダイ」といっている。

 麗水の西側の海は順天湾で、その干潟にはムツゴロウがいる。日本では有明海が有名だが、韓国ではここが産地。日本式だろうか、干潟で這いまわっているヤツを竿で器用に釣り上げて獲っている。

 ムツゴロウは韓国語では「チャントゥンオ」という。日本語と同じく可愛いネーミングだが、その食べ方は韓国特有の鍋になっている。ただ野菜と一緒に煮込んでしまうので、姿カタチが崩れてどんな魚か分からない。

 ソウルにも専門店があって出かけたところ、姿カタチが見当たらない。そこで店のおばちゃんに「これじゃドジョウ汁みたいじゃないの」と文句を言ったら「ちゃんとチャントゥンオを使ってますよ」といって、冷蔵庫からムツゴロウをもってきて見せてくれた。

 ムツゴロウもメウンタンにされては可哀そうじゃないですか。

 ところで順天湾を含めたより広い海を「ヨジャマン(汝自湾)」という。ソウルの観光スポット、仁寺洞に同じ名前の食堂があり、海産物中心で「麗水の店」として人気がある。この店に入る時は決まったように「男だけだがいいかね?」という。店の主人はニヤリ笑って「どうぞどうぞ」という。実は店の名前の「ヨジャマン」は「女性(ヨジャ)だけ(マン)」の意味にもなるからだ。

 しかしこの店のウリは魚より貝だ。韓国で最も味のいい貝の「コマック」が名物になっている。赤貝の小さなヤツという感じで、湯がいたり唐辛子で味付けしたりして食べるがいける。何個食っても飽きない。このほか麗水では鱧(はも)がよく獲れるのでシャブシャブで食わせる。それに「チュクミ(いいだこ)」もいい。コチュジャンで赤く炒めて食うのが韓国風。近年、ソウルでもブームで軒を並べている。ただ「春チュクミに秋チョノ(このしろ)」というから、季節は過ぎたかな。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。