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2012/06/15

<随筆>◇今、モーテルが熱い◇ マッカン・ジャパン 大西 憲一 代表

 「今、ソウルのモーテルが熱い」というと、「元々、熱い所でしょう?」と切り返されそうだが、違った意味で熱いのです。今回のソウル出張で実感しました。出発前に馴染のホテルに予約の電話を入れたがすでに満員だった。あわてて何か所かあたったが全ていっぱい。「○○ウォンの部屋ならありますが」と言われたが私はそんなに金持ちではない。念のためワンランク上のPホテルに打診してみたが、料金を聞いてぶったまげた。

 現地のホテル事情に詳しいOさんによると、ソウルは慢性的にホテルが足りないところに、最近は回復基調の日本人に加えて中国からの旅行客が殺到してホテル不足に拍車がかかっている。需要が供給を上回れば価格調整が働くのは経済原理。今年の4月からは料金もかなり上がったようだ。

 頭を抱えていると友人が助け舟を出してくれた。「最近、モーテルに泊まる人が多いらしいよ。料金も安いし」。モーテルと聞いてちょっと怯んだが、藁をもつかむ思いでソウル駅近くの「ツアーイン春海」を予約した。

 地下鉄4号線「淑大入口」から徒歩3分の「ツアーイン春海」に着くと、私が胸に描いていたモーテル、つまり何となく秘密っぽい、暗ーいイメージが音を立てて崩れた。こぼれる笑顔と流暢な日本語で出迎えてくれた女主人の春海(チュンヘ)さんは上品な奥様風美人だった。靴を脱いで中に入って二度びっくり。木製の床はピカピカで廊下や階段は鉢植えや可愛い小物で溢れている。「ウワー、まるで韓国の家庭に来たようですね。ピアノまであるし」「それは私の娘のものです。主人と娘二人も一緒に住んでいます」。家庭的な雰囲気は当然だ。部屋の造りもまるで韓国の新婚家庭。鮮やかな色合いのベッドが目に眩しかった。壁にはチマチョゴリが掛かっている。

 朝食は春海社長手作りの韓国家庭料理フルコース。料理自慢の彼女は希望があればキムチなど料理教室も開くそうだ。「1月にオープンしたばかりだが、仁川の実家から家族全員が引っ越して来た。夫は職場もソウルに移した」意気込みが違う。「私のモットーは、日本人に韓国の家庭的な雰囲気を味わっていただくことです」

 お客はほとんどが日本人で女性の一人旅も多いらしい。韓国のミュージカルを見に来た岡山県の主婦が食堂で気さくに話しかけてきた。宿泊客同士もすぐに友達になる。一度泊まった客は必ずまたいらっしゃるという話もうなずける。

 こんな素敵な女性を射止めたご主人との出会いを聞いてみた。「主人は空港のイミグレーションで働いていたが、私が出国する時に(なぜ電話番号を書かないの?)と指摘されて教えてしまった。それから恋が始まったの」ご主人も隅に置けない人だ。

 素敵なモーテル経験を与えてくれたソウルの厳しいホテル事情に感謝!


  おおにし・けんいち 福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月新・韓国日商岩井理事。09年10月より韓国TASETO専務理事。2011年9月よりマッカン・ジャパン代表。