五月の爽やかな風がやわらかいみどりの葉のあいだを吹き抜ける頃、ソウルを訪ねて、池成子先生の伽倻琴公演「ソリの道をさがしてⅢ」を鑑賞した。
伽倻琴は韓国の絃楽器。伽倻琴は、伽倻という古代のクニで生まれ、千五百年も受け継がれてきた。日本の奈良時代にも渡り、平安時代までは盛んに弾かれていたと言われ、新羅琴として正倉院に保存されている。朝鮮半島の長い歴史の中で、クニの名を12絃の楽器に遺したというミステリーにも惹かれるが、時代を超えて民族のこころを紡いできたこと 、在日のわたしが伽倻琴を習って20数年、振り返れば振り返るほど、この縁に結ばれた幸運を思う。
伽倻琴公演「ソリの道をさがしてⅢ」は同名の本の第3集刊行(図書出版土香/ドヒャン、http://www.tohyang.co.kr)を記念してのもの。池先生は朝鮮半島全域に伝わる民謡を伽倻琴の独奏として編み直し、南道(ナムド)民謡、京畿(キョンギ)民謡、そして西道(ソド)民謡と三冊をもって完結した。本には、各民謡の採譜のみならず、歌詞と解説がつき、さらに日本語と英語の翻訳も入っている。
「ソリ」とは、この世に満ちるすべての音や声を意味する韓国語。そう、「パンソリ(『春香伝』などを一人の歌い手が担う歌唱芸)」の「ソリ」である。「ソリの道をさがして」は伽倻琴の稀代の名手の娘に生まれて、韓国伝統音楽の果てしない世界を歩き続けた池先生の音楽家としての深い想いをこめた作品と言えるだろう。今回の公演には、伽倻琴の縁で結ばれた韓日の弟子たちも一緒に舞台にのぼった。
プログラムの初めは、伽倻琴散調(カヤグムサンジョ)合奏。池先生を中心に14名の若き奏者たちが演奏した。ひとつのリズムの中で、旋律が高低音に分かれていったり、あるいは絡み合ったり、ぴんと張りつめた「音の気」に息をのむ。そしていつしか伽倻琴散調ならではの妙味に乗りながら、血潮のような温もりの「音の情」に包まれていく。
2番目は、今回のテーマである「西道民謡」。アージェン、テーグム、ヘーグム、ピリ、伽倻琴、チャングによる器楽演奏も入り、西道民謡の名唱ユ・ジスク氏がたおやかに歌い継ぐ。
圧巻は、池先生の伽倻琴とユ・ジスク氏の歌が掛け合っていく、ソリの世界!
今風に言えば、グルーヴ感の極みだ。深い呼吸が合わさり、新しい生命が生まれるような息吹にふれて、会場のあちこちから「オルシグ!」「チョッタ!」とかけ声が飛び交い、わたし自身も胸に熱いものがあふれ、いつしか涙が頬を伝った。
公演のフィナーレは、韓日の弟子たちとともに総勢26名による伽倻琴併唱で、漢江水打令(ハンガンスタリョン)など躍動的な京畿民謡を中心とした構成だ。西道民謡からおおいに盛り上がってきた観客席は最後のペンノレ(舟歌)で合唱状態となり、ほんとうに韓国はこうなんだなあ、とただただ嬉しかった。
ぱく・きょんみ 在日2世。1956年東京生まれ。詩人。第一詩集『すうぷ』(紫陽社)を80年出版。最新作は『ろうそくの炎がささやく言葉』(共著、勁草書房)。和光大学他で講師。