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2012/08/03

<随筆>◇暴炎、暴雪、暴雨そして暴酒◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 韓国人というか韓国語は物言いがおおげさだ。ちょっと怒ったり不満があると「ミチゲッソ!」という。直訳すると「気が狂いそう!」だ。実際は「頭にくる!」ぐらいだろうか。これより上をゆくのが「チュッケッソ!」でこちらは「死にたい!」あるいは「死にそう!」だ。

 忙しい時など「忙しくてチュッケッソ!」となるが、自分が「死にたい」のならかまわない。ところが「殺せ!」の「チュギョ!」もよく使う。スポーツなどの応援でよく登場するから、当事者の“使用感”では「がんばれ!」くらいだろうか。
「死ぬ」とか「殺せ」が飛び交うのだから、韓国語を習いたてのころは驚いたものだ。

 ところがわりと最近のことなのだが「殺される!」という感じで「チュギダ」を感嘆詞的に使うことがわかった。たとえばきれいな景色を見ながら「チュギンダ!」とか「チュギネ!」という。これは釣り仲間と渓流に出かけ、絶好の釣りポイントが見えるとしきりに「チュギネ!」というので分かった。

 日本語的には「まいった、まいった!」という感じだが、それが韓国語では「殺す!」「殺される!」あるいは「死ぬ!」だからすごい?

 韓国の夏は近年、ひどく暑くて蒸す。七〇年代に比べると明らかに気候の変化を感じる。昔は扇風機で十分だったが、今やエアコンでないとやってられない。とくに都心のワンルームマンションでは暑さがこたえる。

 この夏の暑さを韓国では「ポギョム」といっている。漢字で書けば「暴炎」である。日本の「猛暑」に比べるとこれも激しい。

 しかし「暴」にはコントロールがきかないどうにもならない感じがあって、こちらの方が迫力がある。日本でも「暴炎」いや「暴暑」にしてはどうか、とすすめたい。日韓ともども最近の夏はそれほど暑い。実は筆者はこの「暴」を以前から日本語にすすめている。

 というのは冬の大雪も日本では「豪雪」というが韓国では「暴雪」だし、雨でも日本の「豪雨」に対し韓国は「暴雨」である。日本ではどういうわけか風だけを「暴風」といっている。「豪」より「暴」が激しい。しかも手に負えないという感じは「豪」より「暴」だろう。

 だから日本でも気象用語にぜひ「暴」を使ったらいいと思うのだが、ただ韓国で英国の古典小説『嵐が丘』が『暴風の丘』になっているのはいただけない。あれはやはり「嵐」にしてほしい。ところが韓国語には日本語の「嵐」に相当する固有語がないようだ。

 一方、「暴飲暴食」は日韓共通だが、韓国では最近、「ポクチュ(暴酒)」が社会問題になっている。マスコミが「暴酒追放キャンペーン」を展開しているのだが、たしかに韓国人の飲酒ぶりは「暴酒」にふさわしい。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。