田月仙さんから嬉しいニュースが届いた。第14回「日韓文化交流基金賞」を受賞、単独での受賞は在日コリアンでは初めてとのこと。この賞は、学術・文化分野で韓日両国間の文化交流促進のために貢献した韓国人の功績を称えるために設けられたという。デビュー30周年の節目の年に、この受賞は彼女にとって大きな喜びであり励みとなろう。彼女の小学生時代から大学まで、そしてその後の30年間の音楽活動を間近に見てきた私にとっても感無量である。
1994年10月7日、私は芸術の殿堂・オペラハウスで、ソウル定都六百年記念公演オペラ『カルメン』を観ていた。華麗なステージだった。カーテンコールは、オペラ・ファンの楽しみの一つでもあるのだが、エスカミリオ、ミカエラ、ドンホセ、そして最後に今宵のプリマ・田月仙が情熱的なジプシー女・カルメンの扮装で登場すると、嵐のような拍手の渦が湧き起こった。彼女の母国での初舞台!
温かい拍手がたまらなく嬉しくてなぜか熱いものが頬をつたわり、ステージの彼女がかすんで見えた。今もあの日の感動を忘れることができない。
過ぎ去った遠い日の彼方から記憶を手繰り寄せれば、音大受験を目前にして、父親の会社が倒産し、住み慣れた家も他人の手に渡ってしまい路頭に迷っていた日々 。恵まれた環境に育った彼女にとって初めての試練の時を迎え、悶々としていたあの頃。どうしても音楽を諦めることができなかった彼女は、やがてアルバイトをしながら夢を実現させついに音大生に。頑張り屋の彼女は、優秀な成績を修めた学生たちが選ばれる卒業演奏にも抜擢された。
桐朋音大近くに住んでいた私たち家族は、彼女の晴れの舞台を祝福すべく、花束を抱えて出かけた。当時から彼女は学園の華であり、プリマの風格を備えていた。
卒業後の活躍は眩しいばかり。オペラ『サロメ』『蝶々夫人』など、次々とオペラの主演を果たし、2002年サッカーW杯日韓共催時には小泉総理主催の金大中大統領歓迎公演にソリストとして招かれる。日本・韓国・北朝鮮の首脳の前で歌った唯一のオペラ歌手となる。2004年には彼女の半生がNHKのドキュメンタリー番組「海峡を越えた歌姫」、今年の4月には韓国KBSスペシャル「海峡のアリア 田月仙30年の記録」などで紹介され多くの人々に感動を与えた。
そして、初の著書『海峡のアリア』が小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。その後も『禁じられた歌 朝鮮半島音楽百年史』『K―POP遙かなる記憶』などを出版。日韓の長い歴史の中で禁じられた歌があったことや、K―POPブームの背景にある日韓の音楽交流史を繙き、著作活動でも話題をまいた。
喜びも悲しみも歌にのせて、歌に導かれてきた彼女の30年。そのひたむきな生き方に共感とエールを送りたい。
ブラボー!! 在日のプリマ田月仙。
オ・ムンジャ 在日2世。同人誌「鳳仙花」創刊(1991年~2005年まで代表)。現在在日女性文学誌「地に舟をこげ」編集委員。著書に「パンソリに思い秘めるとき」(学生社)など。