今年の旧暦(陰暦)元旦は二月十日で前後を入れて三日間の” 正月休み“ である。「クジョン(旧正)」とか「ソル」といっているが、韓国人にはこちらの方が正月気分だ。日本人には正月が二回くるようでいささか妙な気分ではある。
韓国では新正月が公休日で連休になっていたころ、旧正月も「本当の正月」といって勝手に休んでいた。朴正熙大統領の時代は二回も正月を過ごす「二重過歳」といって批判された。質実剛健で近代化を進めた朴政権は旧正を認めなかったのだが、八〇年代になって全斗煥政権が「国民へのプレゼント」として公休日にした。こうして旧暦文化が公式に復活(?)したのだが、筆者には年初の旧暦文化では「ソル」より「テボルム」の方が楽しくて面白い。旧暦の一月十五日で新年最初の満月の日をいう。日本では「小正月」と言ったが今やほとんど忘れられた。
テボルムの風習ではこの日、ピーナツやクルミ、ギンナン、クリ、松の実などを食する。家庭では豆などの入った「五穀飯」を炊き、店ではおつまみに殻付きのピーナツなどを出す。本当は殻付きを割って食べるのがいい。
タネや実は命の源である。殻を割って実を食するのは命のスタートを意味する。年の初めにその生命力にあやかるという“種子信仰”だが、最近では街角で「ボルム、サセヨー(ボルムを買ってよー)」と殻付きのピーナツを売るリヤカーもめっきり減った。食堂でも出さなくなった。実に寂しい。
テボルムの風習にもう一つ「火遊び」がある。夜、子どもたちが満月に向かって、火を入れた缶にヒモを付けてぐるぐる振り回す。満月に豊作や無病息災を祈願するという意味である。
七〇年代に地方旅行した際、帰りの深夜の高速バスがソウル近郊を通過する際、沿道の丘の上で回されているその火の輪を見たことがある。あれは筆者の「韓国原風景」の一つだが、今も鮮やかに目に浮かぶ。しかしこれもあまり見かけなくなった。ソウル近郊の高速道路沿いなど今や高層マンションだらけで、丘がなくなった。マンション団地で火を振り回すわけにはいかない。子どもたちも「火遊び」よりパソコンやケイタイ、スマホをいじる方が楽しい。あるいは受験勉強に忙しい?
この「火遊び」は時に山火事になる。火の不始末からだ。今でも時々、田舎ではあるようだ。こうなると本当の(?)火遊びだ。
テボルムの楽しい「火遊び」は韓国語では「プルノリ」だから文字通り「火(プル)遊び(ノリ)」だ。これに対し火事になる火遊びは「プルチャンナン(火いたずら)」という。そして男女の浮気の火遊びも「プルチャンナン」だから面白い。「プルノリ」といわないのは、そういうとどこか肯定的なニュアンスになるからかしら。
くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者、産経新聞ソウル支局長を経て、現在、ソウル駐在特別記者兼論説委員。