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2013/04/05

<随筆>◇済州島の名物に変遷あり◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル駐在特別記者兼論説委員

 久しぶりに済州島に行ってきた。一九七〇年代に語学留学した延世大学韓国語学堂の同窓生で、定年後の余生を夫人の故郷である済州島で過ごすことになったと友人から連絡あり、ソウル在住の同窓生とかたらって会いに出かけたのだ。

 友人の車で初めて東海岸一帯を走ったのだが、済州島の広さをあらためて実感した。中央に漢拏山があるがその裾野が広く、見通しがよくて実に広々としている。ちょうど寒の戻りで寒風が吹いていて、期待のサクラはいまいちだったが、いくつか新たな発見があって面白かった。

 その一つが「健康と性の博物館」である。あれは見ものだった。観光案内図を見て出かけたのだが、大アタリだった。「どうせ興味本位でちゃちなものだろう…」とさして期待はしていなかったのだが、行ってみて驚いた。興味プラス世界の性風俗など学術的要素を加えた実に立派なもので、各種コレクションなど資料的にも素晴らしい。よその国にもあるような単なるポルノ博物館ではない。規模といい展示といい、充実した内容で決して俗っぽくない。世界的なセックス・ミュージアムになっている。

 展示内容を具体的に紹介するのははばかられるが、一つだけ紹介すると、無声映画時代のヨーロッパの白黒ポルノ・フイルムがあったのだ。それが無修正で上映されていたのには驚いた。博物館ということで学術的見地が重視されているせいか、あらゆる展示が無修正というのはうれしい。しかも館内での写真撮影もOKと大らかだ。

 団体のオバちゃんたちはキャッ、キャッとはしゃいでいたが、「これがなぜ済州島になのか?」がぼくらの間で議論になった。

 「済州島は新婚旅行のメッカだから新婚さん向けかな?」「いや、ウェルビーン(WELL BEING=これ、韓国の流行語)時代でエコと健康がウリの済州島にふさわしい?」…そういえば「李朝時代の新婚初夜のぞき見」や「世界のコンドーム・コレクション」から「性と食」「シニア世代のセックスライフ」といったコーナーもありました。

 ところで初日、済州空港に着いた後、リムジンで南部の中文観光団地のホテルに向かったが、リムジンの運転手が「オソオセヨ(いらっしゃいませ)」と迎えてくれた。以前は何もいわず黙ってブスッとしていたのに様変わりだった。

 ところが帰りの空港で、チェックインした後、搭乗前の待合ロビーには失望した。以前は簡単なスナックがあって、ぼくはいつもそこの止まり木で済州島名物の「オミジャ(五味子)茶」をアイスで飲み、やはり名物の「麦パン」を土産に買ったのだが、そのスナックがなくなり、代わって外資系コーヒーショップとコンビニになっていた。ぼくのお楽しみ“済州島”が消えていたのだ。これは実に残念だった。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者、産経新聞ソウル支局長を経て、現在、ソウル駐在特別記者兼論説委員。