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2013/04/19

<随筆>◇チンダルレ◇ 広島大学 崔 吉城 名誉教授

 やっと春日和になり、文書館で資料を探すために高速道路を走った。桜の花見が過ぎて車窓からみえる山には点々として薄ピンクの花が私の早起きの頭をきれいに醒ましてくれた。”チンダルレ”は辞書によれば日本語ではカラムラサキツツジであるが、山ツツジと呼ばれる。

 私が住む山口県には文字どおり山が多い。山の花は遠くから見ながら韓国の山に咲く山桜を想起する。

 韓国人はチンダルレを見ると日本植民地時代の民族民謡詩人、金素月の詩を想起するだろう。誰でも知っている詩がある。離れていく恋人を何も話さず行く道に”チンダルレ”の花カーペットを敷いて上げるという。

 わたしが嫌で 行くのなら なにもいわずにおくりましょう 寧辺の薬山の 
つつじ(チンダルレ)をば ひと抱え 行く手の道に撒きましょう ひと足ごとに 
その花を そっと踏みしめ お行きなさい わたしが嫌で 行くのなら 死んでも涙はみせませぬ(金思燁訳)

 私は子供の時、この詩をおぼえる前から、生まれ故郷の野山(低い山)がツツジの花で赤く染められた中で遊んだ、懐かしい記憶がある。それは私のチンダルレの原体験である。日本の山でもチンダルレは咲いているのに花見の話はほぼ聞けない。今頃韓国ではチンダルレ祝祭が多く行われている。それほど韓国人に親しまれている花である。

 日本のソメイヨシノは改良種によってつくられた街の花であり、日本文化の色が濃い花といえる。植民地が始まってすぐ朝鮮総督府は全朝鮮にソメイヨシノを植え付けた。それが今も桜の花見の名所になっているところが多い。桜に比してツツジは山の花「山ツツジ」として淋しく鑑賞された感があった。

 「寧辺の薬山のツツジ(チンダルレ)」の寧辺は北朝鮮の平安道の地名でもあり、一時的には北朝鮮や共産主義国家の「赤旗」「アカ」を象徴する赤い花として韓国人は距離を置いたことがある。山ツツジは東アジアに広く分布している自然の花であり、もちろん特定の国が独占すべきではない。

 いま日本の山にも山桜が咲いている。山全体の構図から鑑賞するのが良い。日本では花を山から庭へ、切り花、生け花への絵構図、韓国は逆に緑へ、山へ視線を広げる。山口市内で見つけた朝鮮赤松が剪定されていたのをみてクロマツのように剪定した粗末なものと感じた。赤松は身長高く、上身部が自然に伸びた姿が美しい。特に岩山で永い年月風雪に耐えてきた老松が美しい。

 桜とツツジは街と山の対照である。森林は唯の原始林ではなく視野に入ると世界の一部になる。桜と山ツツジの両方とも薄ピンクである。桜は群れ花、つつじは山に点々とした紅色の花、花の中の「紅一点」の花といえる。


  チェ・ギルソン 1940年韓国・京畿道楊州生まれ。ソウル大学校卒、筑波大学文学博士(社会人類学)。陸軍士官学校教官、広島大学教授を経て現在は東亜大学・東アジア文化研究所所長、広島大学名誉教授。