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2013/06/07

<随筆>◇日本食好きと日本好きの関係◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル駐在特別記者兼論説委員

 南北共同事業の金剛山観光は現在、中断状態だが、これまで三回出かけたことがある。その何回目だったか、事業をやっている「現代峨山」が日本人記者を視察旅行に招いた際、一般の観光コースからはずれ、北朝鮮側の招待所のようなレストランで昼食をとったことがある。林の中のシャレたレストランで、招待旅行だったのにここでは個別にドルで料金を払った。ワインレッドのブラウスに黒のタイトスカートという美形の「儀礼員同務」たちがウエートレスとして登場し、昼間からただならぬ雰囲気にぼくら一行は興奮(?)したが、それはともかく、出てきた料理が日本式なのに驚いた。季節はちょうど秋だったのでマツタケがメインだった。その塩焼きと黒豚の焼き肉、それにブリの刺身が出てきたのだ。

 とくにブリの刺身が泣かせた。東海岸では秋から冬にかけブリが獲れるが、韓国人にはそれほど人気はない。日本人は「ブリ刺し」大好きでどこででも出る。しかし韓国では日本料理が盛況のソウルでもそんなに一般的ではない。ましてや北朝鮮で日本風のブリ刺しを食っているとはとうてい思えない。

 「金剛山のブリ刺し」はナゾだ。日本人記者がくるというので特別メニューだったのか、いや、ある種の「招待所」だから客はいつもVIP級でメニューに日本料理があるのか。そしてあの日本料理スタイルは誰が持ち込んだのか、誰が教えたのか、在日系か。

 故金正日総書記の料理人をしていた日本人(藤本健二)の手記によると、このロイヤル・ファミリーは日本料理好きだったという。特別注文で北海道の利尻か奥尻までわざわざウニを仕入れにいった話も出ている。彼は昨年、息子の金正恩第一書記に招かれた際も手みやげにマグロ(にぎり寿司用?)を持参している。

 ところで同じロイヤル・ファミリーでも祖父金日成主席が日本料理好きだったという話は伝わっていない。日本からの客との宴席では、いかにもコリア的な淡水魚の「ソガリ(コウライケツギョ)の刺身」を好みとして自慢している。とすると金正日ファミリーの日本食好きは夫人(金正恩の母)が在日出身だったことが関係しているのだろうか。

 しかし寿司をはじめ日本料理は今や国際的に広がっているから、日本食好きがそのまま日本好きということにはならない。そう思ったのは最近、平壌に“名品館”ができて、そこにも鉄板焼きレストランがお目見えしたからだ。現場には笑顔の金正恩・李雪主夫妻の姿もあった。写真を見ると、美形の女性シェフが鉄板の上で胡椒の筒を振り回すパフォーマンスをやって見せている。「テッパンヤキ」も国際化した日本料理だが、この平壌進出はおそらく在日ルートだろう。日本食好きと日本好きに関連していえば、反米は世界中で行われているが、各国の若者はコカコーラを飲みながら反米デモをやっているというではないか。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者、産経新聞ソウル支局長を経て、現在、ソウル駐在特別記者兼論説委員。