ここから本文です

2013/09/27

<随筆>◇祈祷の美術展によせて◇ 秀林文化財団 河 正雄 理事長

 釜山市立美術館にて全国市道立美術館ネットワーク河正雄コレクション特選「祈祷の美術」展(会期8月31日~11月17日)が証言・幸福・祈祷をテーマにして開かれている。

 河正雄コレクションの特徴は大きく分けて三つある。一つは、時代と人間の生活を記録した「歴史の証言としての美術」だ。二つ目は、社会的、政治的に不遇な立場におかれ疎外された者、歴史の渦の中で悲痛な犠牲になった者らに慰謝する「祈祷の美術」。三つ目は、芸術活動の究極的な目標であり、同時に役目でもある、人に「幸福を与える美術」である。河正雄コレクションが韓国内の美術館で巡回展示される事を夢見たのは1970年代の事である。1980年、景福宮にあるソウル国立現代美術館を訪ねた。当時、我が国唯一の国公立美術館であり、その建物は英親王、李方子姫の新婚時代の旧居、石造殿であった。

 1992年になって我が国二館目の国公立美術館である光州市立美術館が誕生した。1993年、その光州市立美術館に河正雄コレクション在日同胞作家212点の寄贈をする事となり、韓国美術界と縁を結ぶ事となった。

 我が国の美術館の歴史は浅い。その後、全国に建った国公立美術館の内容は乏しく、日欧米の美術館レベルからは大きく遅れを取っている。

 私は韓国美術文化振興の底上げの意志を持って韓国国内の国公立美術館に私のコレクションを寄贈し続けて来た。その数は資料を含め1万点を越している。

 祈祷の美術「激動期の革新芸術・在日作家達を中心にして」が2013年4月、ソウル市立美術館をスタートして2015年春まで韓国8都市の美術館を巡回する。この巡回展が終われば、日本・アジア・ヨーロッパ、そしてニューヨークのUN(国連本部)での展覧会を企画している。

 韓国動乱前後の時代を、史実的に表現された作品を見合い、在日僑胞と世界の作家がひとつの場所に集まり、当代の社会政治文化を、少数派の視点で振り返ってみようとする展示である。韓国と日本美術史の流れの中から疎外されていた在日作家達を照明、もの派を提議するリアリズム作品を中心に少数名の視線にて当時の生の風景を振り返るものである。

 激動期のディアスポラ作家と、強固なる時代意識を持った在日作家達が残した、記憶の遺産を捜し出し見る事が出来る。沈黙の歴史を生きて来た、当時の社会が共有する時代の精神を、一つの場にて見極める事が出来る展示である。

 河正雄が蒔いた美術コレクションの種が芽吹いて来たのは、つい最近の事である。幾春を迎え、夏の暑さと冬の寒さに耐え抜いて芽が育ち開き始め、その花の形がようやく見えて来た。「祈祷の美術展」が、その花の名を知らしめ、韓国美術界にその香気を漂わせる春が訪れたのだと思うと感慨無量である。


  ハ・ジョンウン 1939年東大阪市生まれ。韓国・朝鮮大学校美術学名誉博士。光州市立美術館名誉館長。ソウル特別市、釜山広域市、光州広域市名誉市民。財団法人秀林文化財団理事長。