在日本大韓民国民団小倉支部が所有する「北九州韓国会館」は、北九州市の中心市街地にある。一階は広域チェーンの有名美容院、二階に民団事務所、三階が民団の会議室である。その三階は年に数度程度、傘下団体などの大会が開催されるだけで普段は使われていない。数年前、支部の役員会で、このスペースの有効活用が議題になった。
「民族会館にこだわることなく、地域の公民館のように北九州市民に開放してはどうか」。そんな提案があった。在日韓国人施設を地域の一般市民に利用してもらうことは、韓日の関係を深める上で大きな意義がある。役員たちのほとんどが賛成した。
とは言え、日常で地域住民に使ってもらうのは、それほど容易なことではない。四十年ほど前に在北九州韓国人の囲碁クラブがあったことを思い出した。記憶を辿りながら当時所有していたクラブの備品を探した。支部倉庫の隅に埃まみれの碁盤と碁石があった。丁寧に洗えば立派に使える。ということで、地域の囲碁愛好家に声を掛けて、韓国会館を開放することが決まった。
北九州市の小倉には朝日新聞社主催のアマ棋戦(全国大会)にいつも出場していた在日韓国人二世がいる。この人プロに近い実力の持ち主で、在日の貴重な人的財産の一人である。この著名な指導者を得て、韓日親善囲碁交流「槿(むくげ)の会」が設立された。良い指導者を擁すると、会員の募集も難しくなく、すぐに十数名の会員が集まった。会員の棋力は急上昇し、毎年開催されている西部ガス主催、北九州囲碁祭に初参戦で団体戦第三位に入賞した。
ちなみに、この大会は五人一組の団体戦、参加団体は百を超える。五百人以上の北九州地域とその周辺在住の高段者が勢ぞろいしている。「槿の会」ができる前は、友人との対局だけで、勝ち負けに、ただ一喜一憂する単純な碁だったが、良い指導者から筋のいい碁を学ぶと、棋力が一段と向上。最近では勝ち負けよりも、かたちのいい碁形にこだわるようになった。棋風の変化は、性格にも影響を及ぼしていく。
趣味を通しての国際交流、親善効果も極めて大きい。囲碁に魅了されている私は、その愛好家は善人だと思っている。碁盤の前では民族的な諍(いさか)いはない。交流を重ねる度に、碁戦は激しくなるが、自然に気心は通じ合い、相互理解は進む。共通の趣味を持つ者同志、碁仲間が増え、国際親善交流を重ねる。こうした関わりから姉妹関係に発展した他地区の囲碁クラブがある。そこと共催で始めた年に一度の囲碁旅行も恒例化した。来春は韓国旅行も計画されている。
北九州韓国会館の開放に端を発した趣味を同じくする人との利得のない交流は深い信頼関係を育んでいる。人と人との交わりに始まる草の根交流の意義がそこにある。
パク・ソンヨン 1947年、福岡県北九州市生まれ。在日2世。拓殖大学卒業。2000年、韓国食品普及処「海龍」創業。現在、海龍相談役。著書「親韓親日派宣言(亜紀書房)」。