今まで数々の映画や演劇、ドラマが作られてきたシャーロック・ホームズだけれど、ミュージカルに?あのホームズが歌を歌うの?しかも助手のワトソンが女性?ありえない!―そんなふうに思う人は多いだろう。しかし大阪で初日の舞台『シャーロックホームズ~アンダーソン家の秘密~』を観て、上質の出来栄えに、満足させられた。
脚本・音楽は韓国で作られ、大ヒットした作品。脚本では、謎解きも面白いが、真実・正義と、愛と、どちらが大切なのかとホームズが苦悩するところなど、まさにオリジナル。その結論はいかにも現代韓国らしい。また音楽は、予定調和に収まらないスリリングなメロディーが謎めく話をぴたりと表現していて、観るものの心臓も同調して高鳴ってしまう仕掛け。
ワトソンが女性というのが、まさにこの舞台の要(かなめ)で、一路真輝演じるワトソンのカッコいいこと、楽しいこと。21世紀の女性はこんなに素敵で、賢くて、ホームズとも対等に渡り合えるのですよと、19世紀の人達に自慢したくなる。それに、女性ワトソンだからこそ、女声とホームズの男声とのハーモニーがもたらされ、音楽の立体感が増幅され、事件が底知れない深みを見せることにもなった。
低い声、シャープな一路に対して、アダムの婚約者・昆夏美は高い声で、可憐。ホームズの橋本さとしはつやのある声で、華やか。警部のコング桑田は幅のある低い声で、お茶目。さらに悪役・大澄賢也の存在感 書き尽くせないのが残念だが、各キャラクターは配置も絶妙、それを各俳優が生き生きと演じ、歌った。中でもアンダーソン家の双子アダムとエリックを演じた浦井健治の二役ぶりには脱帽。声色、台詞の調子、表情をがらりと変えるので、まるで別人だ。
そして橋本ホームズの魅力。実生活では欠点だらけの彼だが、推理となると人が変わったような切れ味を見せる。橋本はユーモラスな中に、器の大きさや男の色気も感じさせてくれた。ドイルも嫉妬するのではないだろうか。
さて最後はいよいよ謎解きの場面。ワトソンの歌がここまで事件を冷静に説明し、物語をきびきび進行してくれたからこそ、ホームズの天才らしい奔放な歌が冴え渡る。ドキドキするようなタネ明かしが最高に盛り上がる瞬間。見事だ。
やられた!まさかそういうことだったとは! 真実を教えられ納得すると、今度は、すべてを知った上で、もう一度最初から見直したい気持ちを抑えられない。その意味でも、やられた!
カーテンコールでは客席総立ちの中、橋本さとしが関西弁で挨拶。日本版を作り上げた自負、関西パワーを受け取ってこの先の公演にかける熱い思いが伝わってきた。
韓国ではすでに続編が上演予定とか。今度はどんな事件?ホームズとワトソンの関係はこの先どうなるの?気が早すぎるが、日本版もシリーズ化を期待したい。
カン・ヨンジャ 1956年大阪生まれ。在日2.5世。高校非常勤講師。著書に『私には浅田先生がいた』(三一書房、在日女性文芸協会主催第1回「賞・地に舟をこげ」受賞作)。