ソウルの繁華街、明洞の入り口にある中国大使館が新築オープンした。二十四階建ての威容で、ソウルの外国公館では最大規模だ。中国の羽振りのよさを象徴するものだ。観光スポットの明洞もこのところ日本人に代って中国人観光客であふれ、中国語が飛び交っている。
明洞は日本統治時代に繁華街になったところで、当時は「明治町」といわれた。解放後もいわば“ソウル銀座”として老舗の多い韓国を代表するシャレた繁華街だった。近年、若者向けのお店が増えてガサつくなり、さらにお手軽な観光街になってしまった。それが今度はチャイナタウンに?
ソウルには以前、中華料理屋が何軒か軒を連ねた小さな“中華ストリート”みたいなところがあった。ソウル市庁前のプラザホテルの裏とこの中国大使館の前あたりで、今やいずれもその面影は無い。ただ中国大使館近くには数年前から“ショーロンポー”が売りモノの大型中華店が登場している。この店は海外展開で成功した台湾系というから面白い。もっとも中国大使館も韓中国交正常化(一九九二年)以前は台湾の中華民国大使館だったから、近くに台湾系があってもおかしくないか。
ところでソウル市内にもう一つの“中華街”ができつつある。東大門の近くで、大通りに面し大きな漢字の看板を出しているからすぐ分かる。羊の焼肉を食わせる店で十数軒が軒を並べている。出稼ぎなどで韓国に大量進出している中国国籍の朝鮮族系がやっているのだが、看板からメニューまでみんな漢字なのがうれしい。
その中で筆者のお気に入りの店があって屋号は「京城羊肉串」という。堂々と「京城」を名乗っているのが気に入り、飛び込みで入って馴染みになった。ちなみに「京城」は日本統治時代のソウルの名称なので拒否する人がいるが、実際は昔から都を意味する名前で李朝時代にも使われている。
だから「京城」を遠慮することはないのだが、大通りにでっかく書かれているのを見ると筆者など「ホーッ」という感じがする。もっとも大方の韓国人たちは漢字が読めないから、看板にことさら感慨をもよおすということないだろうが。
ところで店では「羊肉串」は注文しない。あれは肉が細切れ過ぎて、焼くとかたくなるのでまずい。それより羊のカルビ、つまりリブがいい。脂があって柔らかく、かじっては焼き、焼いてはかじるという食べ方だ。羊肉と香辛料のにおいがエスニック感を楽しませてくれる。この後は羊肉のシャブシャブがいい。野菜がたっぷり出てきて、きし麺のようなハルサメがまたいい。
朝鮮族の出身地は多くが旧満州の吉林省・延辺だから「延辺風・中華料理」ということになるが、漢字が消えた韓国で漢字の看板が並んでいるだけで楽しいではありませんか。
くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者、産経新聞ソウル支局長を経て、現在、ソウル駐在特別記者兼論説委員。