韓国旅行で、お店に入り椅子に座って、店員さんを呼びたいとき、さて何と呼びかければよいか?「ヨギヨ!」「チョギヨ!」(直訳すれば「ここです!」「あそこです!」)とは、今では観光案内書にも記載されていることだが、昔の私はそんなことさえも知らずにまごついたものだ。お店の人に「アガシ(お嬢さん)」なんて呼びかけたりして。それに、日本語の「すみません」のつもりで「ミアナムニダ」なんて言おうものなら、何か悪いことをしたのかと思われるというから、気をつけなければいけない。今日はこの「ヨギヨ!」の思い出。少し前の話になるが、親戚の結婚式があって、夫婦でハワイに旅行する機会があった。韓国以外の海外に行くのは初めてのこと(もっとも韓国は私にとって外国ではない)。
私たちは観光客らしく、観光名所の一つ、ダイアモンド・ヘッドに登った。頂上目指す人の群れに交じってぞろぞろと歩く途中、さすがハワイと思わされたのだが、世界のさまざまな国から来たとおぼしき人々がいて、英語や中国語や日本語はもちろん、知らない外国語がたくさん聞こえてきた。すると、あら、聞き覚えのある響き!リュックを背負った二人連れは、元気よく私たちを追い越していく。彼らは韓国人の若者に違いない。
頂上に着いてみると、そこは意外に狭くて、大勢の人々でごった返している。汗をぬぐい、水を飲む人、美しい景色に歓声を上げる人、記念写真を撮りあったり、おしゃべりをしたりする人、・・・・いろいろなことばが飛び交っているのがとても面白い。同時にこんなたくさんの言語を耳にするなんて、私にとっては初めての経験なのではないか。
さあ、私たちもここで記念撮影を!誰かにシャッターを押してもらおう!―そのとき、少し離れたところにさっきの韓国人の二人連れが見えた。そこで、その男の子たちに向かって、私は少しだけ高い声で「ヨギヨ!」と叫んでみたのだ。
繰り返すが、そこには多くの人がいて、多くのことばがあふれ、ワイワイがやがやという状態だったのだ。しかも彼らと私たちはちょっと離れたところにいて、その間にもたくさんの人たちがいたし、その人たちのおしゃべりの声も聞こえていたから、私の声がその中で特に大きいという訳でも何でもなかったのだ。
でも私が「ヨギヨ!」と言うと、二人は同時にパッと顔を上げ、人々の肩越しに私達を認めて、フレンドリーに答えてくれた。「サジン、チゴジュルレヨ?(写真撮ってくれますか?)」と言うと、快くシャッターを押してくれた。「ト、カッカイ!(もっとくっついて!)」などと言いながら・・・・。
いくら周囲にいろいろな音声があふれていても、自分たちのことばはとっさに認知できるものなのだ。人間の耳って不思議だな。ことばって不思議だな。そう思わされたひとときだった。
カン・ヨンジャ 1956年大阪生まれ。在日2.5世。高校非常勤講師。著書に『私には浅田先生がいた』(三一書房、在日女性文芸協会主催第1回「賞・地に舟をこげ」受賞作)。