日本でシャープペンシルとかセメダイン、マジックインキ、バリカンなどといっているのは、みんな最初にそれを製造した欧米の会社の商標名だが、後に製品そのものの呼び名として一般名詞になってしまった。製造会社とすれば栄光である。韓国では最近、韓国の即席ラーメンの始祖である三養食品の全仲潤名誉会長が亡くなったが、日本で最初に開発された即席ラーメンも、開発者の安藤百福さん(日清食品の創業者)が「フク(福)ラーメン」と命名しておれば、韓国をふくめ世界中で「フクラーメン」として名前が残っただろう。
韓国で定着した日本商品で、それが一般名詞として人びとに愛されている名前がいくつかある。たとえば韓国にはじめて乳酸菌飲料水をもたらした「ヤクルト」などがそうだ。ヤクルトのヒットでその後、乳業各社が似たような製品を出して別の名前にしているが、消費者はみんな「ヤクルト」と言っている。
それから意外に知られていないのが「ボンゴチャ」。韓国ではワゴン車のことをそう言い、たとえばニュースなどで「高速道路でボンゴチャ一台がスリップして 」などとよくやっている。
しかしこれは元は日本のマツダの「ボンゴ」からきた名前で、マツダと提携していた起亜が韓国内でそのまま「ボンゴ」として生産、販売したことから一般名詞になった。
さらに古くは日本酒(清酒)のことを「チョンジョン(正宗)」と言っていたのもそうだ。元は日本時代の日本酒の銘柄だったのが韓国社会で一般名詞になってしまった。チョンジョンは戦後(解放後)も長く使われてきたが、最近はあまり聞かれなくなった。
代わって「サケ(酒)」というようになっている。これは韓国人の日本との往来が多くなって「サケ」になじんだことや、日本が国際市場で「サケ」を活発にセールスしていることなどが影響していると思う。ソウルには「サケ・バー」も登場しているが、筆者のようなオールド・コリアウオッチャーには「チョンジョン」の退場はさびしいですねえ。
こんなことを書きながら「韓国社会に残る日本語」を探してみた。物の名前や和製カタカナ外来語は別にして、ムテッポウ、アッサリ、ユトリ、イッパイ などがすぐ頭に浮かぶ。この中で「ムテッポウ」が意外な感じがする。日本でもそんなに使う言葉ではないのに、なぜ韓国に?
ムテッポウは「無鉄砲」で「無点法」とか「無手っ法」という解釈もあるが、意味は「むこうみず」に後先を考えず行動することをいう。「思い込んだら命がけ」の猪突猛進型の行動だが、よりによってこの言葉が韓国社会に定着して今なお残っているのはなぜだろう。以下は仮説だが、ひょっとして韓国人の性格にムテッポウなところがあって、それでこの言葉が好まれてきたのかもしれない?
くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者、産経新聞ソウル支局長を経て、現在、ソウル駐在特別記者兼論説委員。